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1998)那須どうぶつ王国 [旅行]

 8月13日は、長女一家とともに那須どうぶつ王国に行きました。小学校1年生の孫の自由研究の題材にするためです。
 入学したての1年生に、自由研究を課すのはどうかと思います。自分でやることはほとんどできないので、親がどの程度手伝うかで出来栄えがまったく異なると思います。
 1年生は、友達との付き合い方と学ぶ楽しさを覚えることができれば十分であると思います。自由、独創の旗頭のもとに、小さな子供たちになにかをやらせようとしますが、このやり方では独創性が高まるとは思えません。
 長女夫婦は、どうぶつ王国に展示されている動物の名前をすべて記録させていました。動物の写真をスマホで記録するのは親の役目です。これらの情報の取りまとめを手伝い、自由研究を仕上げるのでしょう。
 長女の家は、栃木県の南部にあります。那須高原は北端に位置しています。かなりの距離があるので、東北道を利用することになります。
 帰省ラッシュの日は過ぎているので、高速道路はあまり混んでいないと考えていました。しかし、結構交通量が多く、断続的に低速運転を強いられました。
 その結果、どうぶつ王国に到着するのに思いの外時間がかかったようです。11時45分頃王国の臨時駐車場に着きましたが、すでに3分2以上の駐車スペースに車が停められていました。
 ここから3台の大型バスが入口まで客をピストン輸送しています。多くの人がバスを待っていましたが、あまり待たされることなく入口にたどり着くことができました。
 入園料は、大人が2400円、子どもは3歳以上が1000円です。下の子は前日に3歳の誕生日を迎えた所です。一夜で、入園料が無料から1000円に上がってしまいました。
 入園したところに、ハンバーガーショップがありました。そこで、すぐに昼食を済ませることにしました。席を確保するとともに、注文の列に並びました。
 主力商品であるキングダムハンバーガーセットを親が食べ、それについてくるフライドポテトを孫たちが食べることにしました。
 食べている間に注文者の列が長くなっていきました。すぐに食べることにしたのは良い判断だったようです。
 腹ごしらえもできたので、のんびり見て回ることにしました。見学通路は屋根がつけられており、強い日差しにさらされずに済んだのはありがたいことでした。
 展示場所の多くも室内にあり、冷房が施されていました。これは、見物客より動物の健康を維持するのが目的であったようです。それでも、かなりの場所で暑さをしのぐことができたので、小さな子どもにとってはありがたいことでした。
 展示の場所は、大きく2つのブロックに分かれていました。炎天下で歩いていくには少々離れすぎています。移動には、リフトとトラクターバスの組み合わせと小型バスを利用することができます。
 リフトのみが有料で、片道300円が必要です。まず、往きはリフトを利用することにしました。すると、孫たちがリフトとその後に乗ったトラクターバスをすっかり気に入ってしまったため、帰りも使うことになりました。
 小型バスの乗り場には、長蛇の列ができていました。無料であるためでしょう。長い列を見て長時間待たされるであろうと思いましたが、必ずしもそうではなかったようです。
 トラクターバスを待っている間に何台も小型バスが客を拾って戻っていきました。運用台数が多いので、待ち時間はかえって短かったかもしれません。
 全体として、この動物園では良い展示が行われていたようです。動物の選び方も良いようでしたし、飼育員がかなり説明に出ていたので解りやすい説明を聞くことができました。お盆の時期を外せば、また来ても良い場所でした。
 帰路に就いたのは16時近くになっていたので、新しく入ってくる客はほとんどいないようでした。臨時駐車場に止まっている車の数も半分以下に減っていました。
 しかし、東北道の混雑は続いており、今度はわれわれが使用する上り線が混んでいました。帰省渋滞ではなく、行楽渋滞であることがよく解りました。
 長女の家の近くに帰り着いた時は、19時近くになっていました。そこで、お気に入りの回転寿司の店で夕食を済ませることになりました。
 この店は人気が高いので、われわれの前に9グループが順番待ちをしていました。席に着くまで30分程待たされましたが、満腹して帰りつくことができました。
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1997)旅行とiPAD [旅行]

 8月のお盆旅行では、iPADのみを携帯することにしました。飛行機の機内WiFiでは動作が鈍いので使うつもりはありません。しかし、列車内では長いトンネル内を除いて気持ちよく使うことができますから。
 キーボードを付けているので、情報の入力はかなりスムーズに行うことができます。マウスを使うことができないので、使いにくい所もありますが、原稿書きをすることはないので問題はないと判断しました。
 熊本から撤収する際に携帯用無線LANの契約を打ち切ったので、ノートパソコンを安全かつに自由に使うことができなくなっています。
 移動中の情報取得にiPADが必要でした。また、子どもたちの家でパリーグTVを見たい時があります。宿泊地でソフトバンクホークスの試合を放送しているとは限りませんから。
 また、孫の生活が優先ですから、見たい番組をいつでも見ることができるとは限りません。
 8月12日は、ソフトバンクホークスの試合は13時に開始されました。そのころ宇都宮線に乗車したので、パリーグTVを見ようとしました。
 ところが、音声調節の方法が解らないので車内で観戦するわけにはいかないことが解りました。そこで、音量調節の方法を探すことになりました。
 家内のスマホ情報を聞きながら、車内でiPADをいじくり始めました。まず、画面に音量調節バーを表示する方法を探しましたが、その方法を見つけることはできませんでした。
 そこで、設定画面を開いてみました。しかし、ここにも音声調節バーはありませんでした。着信音の調節を行うことができましたが、これでは音声の音量調節を行うことはできません。
 そうこうしているうちに、コントロールパネルを開くことのできるジェスチャーが記載されているのを見つけました。
 右上から左下に指先を移動させれば良いそうです。やってみると、コントロールパネルが表示され、音量を調節することができました。
 これで、車内でパリーグTVを視ることができるようになりました。乗車時間90分のうち、60分を問題解決に費やしてしまいました。
 おかげで、退屈することもなく車中の時間を楽しむことができました。パリーグTVを視ることができるようになると、さらに時間は早く進みました。
 長女の家に着いてこの話をすると、音量調節は外部のボタンで簡単に行うことができることが解りました。タブレットはノートパソコンよりスマートホンに近いことを忘れていたのです。
 おまけに、Windows系のノートパソコンの常識で問題解決を試みていました。なかなかうまくいかないのも当然でした。
 パリーグTVの放送は予想以上に円滑に行われました。画像や音声が途切れることはまったくありませんでした。長女宅のWiFiに接続する必要はなく、外出先でも問題はなさそうです。
 画面を2つ開いて並べて表示することができないので、コピー・ペーストはやや手がかかります。ブログを投稿する際、かなりの試行錯誤が必要でした。
 旅行記録の入力も文字の変換がやや煩雑で、ノートパソコンよりかなり使いにくい面がありました。しかし、長文を入力しなければあまり問題はありません。
 カタカナへの変換や半角文字への変換もやりにくい面がありましたが、これは気にしないことにしました。後日、ノートパソコン上で簡単に修正することができますから。
 総じて、2泊3日の旅行の間にiPADはかなり活躍することができました。利用法に関する知識が増えるにつれて、さらに使い勝手が良くなるものと思われます。
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1996)お盆旅行と台風10号 [旅行]

 8月12日に、家内と2人で恒例のお盆旅行に出かけました。遠隔地に世帯を持っている3人の子どもたちと会うためです。
 昨年は、就職活動中の次女も同行しましたが、今年は留守番です。入社1年目だったので、休むことのできる期間が解らなかったからです。
 この旅行は、まず最も遠い栃木県に住んでいる長女の家に行き、帰りに三重県に住んでいる次男と京都市に住んでいる長男を会って帰ります。
 飛行機で往き、新幹線を使って帰ってきます。お盆の帰省ラッシュとは方向が逆になるので、容易に切符を確保することができます。
 長男宅では孫が大きくなり、帰省の日程が確保しにくくなってきました。長女宅では、2年前に2人目の子どもが生まれたので帰省しにくくなりました。次男宅では、昨年最初の子どもが生まれ、動きにくい状態になりました。
 結局、3つの家族が帰省ラッシュの中を子ども連れで帰ってくるより私たちが3つの家庭を訪問した方が簡単であるという結論になりました。
 予約する必要があるのは、往路の航空便のみです。急いで取る必要はないのですが、予約可能になった時点で並びのJシートを確保しました。
 予約した時は結構席が埋まっていたのですが、実際に乗った時はかえって乗車率が低下したように感じました。これが逆コースで旅行する時の実態です。
 例年、初日は長女宅への移動、2日目は孫たちと遊び、2泊して次男宅に移動しています。その日は次男宅に留まり、翌日は長男宅を訪ねた後福岡市の自宅に帰っていました。
 帰りは新幹線を使いますが、切符を取るのに苦労したことはありません。必要になった時点で購入するようにしてきました。
 今年は、最終日の15日に台風10号が四国に上陸する予定になっていました。そのため、予定通りにはいかないだろうと思っていました。
 実際、強い台風が予想通りの進路を進んだため15日は山陽新幹線が計画運休することになりました。どこまで行くことができるのか、乗ってみなければ解らないのは困ります。
 しかし、計画運休が発表されたので、予定の変更を決断しやすくなりました。次男から電話があり、14日の帰福を勧められました。
 訪問相手がそう言ってくれるので、無理することはありません。今回の訪問を諦めることにしました。長男にそれを連絡すると、長男もそれが良いと言ってくれました。
 長男一家は、前日に次男宅に立ち寄り、名古屋で1泊して家族で遊びに行こうとしているところでした。2人の小学生の夏休みの宿題の話題を作る必要があったからです。
 この数年、福岡市の自宅に集まることができなかったため、子どもたちが顔を合わせる機会がありませんでした。長男一家は、新築した次男の家を訪ね、次男の子どもに会いに行ってくれました。
 長女も、時間を作って次男の家を訪ねることを考えていました。子どもたちがそれぞれの家で幸せに過ごし、互いに想いあっていることは親にとってうれしいことです。
 14日の内に福岡市に帰ることになったので、長女の家を早めに出ることにしました。最寄りの駅に着いてみると、東京駅経由の熱海行きに乗ることができることが解りました。
 上野駅で乗り換える必要がなくなったのはありがたかったのですが、便利な列車は混雑するようです。なんとか家内は座ることができましたが、私は上野駅までたち続けることになりました。
 東京駅のみどりの窓口で新幹線切符を購入しましたが、この日はいつもより予約が多かったようです。2人並びの席を確保することができるのは1時間以上後に出発する便しかありませんでした。
 一人旅では待ち時間が長くなると退屈してしまいます。しかし、家内と一緒の二人旅では待ち時間が少々長くなっても構いません。5時間半の搭乗時間を並んで過ごすことが優先しますから。
 留守番の次女にお土産を購入し、車内で食べる弁当を購入すると準備完了です。ホームの待合室でのんびり列車の到着を待つことができました。
 博多駅に着いたのは16時50分、自宅の最寄り駅に着いたのは17時20分です。この時間から夕食の支度をする元気はありません。駅の近くの弁当屋で幕の内弁当を購入して帰りました。
 この旅行のトピックは別のブログで紹介しますが、楽しい3日間を過ごすことができました。
 翌日午前中に台風10号は福岡市に最接近しましたが、その影響は大きなものではありませんでした。かなり離れた豊後水道を通過したこと、暴風圏東側に偏っていたことが幸いしたようです。
 しかし、台風の通路になった四国・中国地方では多くの被害が出ています。大事に至らなければ良いと思います。
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1995)起業の勧め [社会]

 日本の社会は、女性にとって働きやすい社会ではありません。男性の都合でシステムが作られているため、女性にとって都合の悪い状況が多々あるからです。
 女性の社会進出を容易にするため、男女雇用機会均等法が作られましたが、私はこの法律をあまり評価していません。
 男性と同じように働けば同じ評価を行うと言っているだけで、女性の都合を考えた法律ではないからです。
 その結果、男性と同等以上の働きをしたいと思っている女性の一部は、結婚や出産をあきらめることになりました。また、ご主人と別居を続ける等、家庭生活を犠牲にしている女性もいます。
 女性は、出産と子育てにおいて男性ではできない貢献をしています。また、家庭の維持についても中心的な役割を果たしています。それに対する十分な評価と配慮が必要です。
 女性にとって働きやすい社会を創るとともに、十分な子育て支援を行わなければ、少子化の流れを逆転することはできないでしょう。
 この状況を改善するため、現在は男性にも家事の分担が求められる時代になっています。実際、家事の一部を分担する男性が増えていますし、子供の送り迎えを行っている男性を良く目にするようになりました。
 それは結構なことですが、職場の多くは男性中心の社会です。産休や育児休暇を取りやすくなりましたが、子供の病気などの突発事態に十分に対応することを許されている職場はあまり多くないと思います。
 私は、多くの女性が求めている職場は必ずしもフルタイム勤務ではないと感じています。また、昇進により家庭生活を犠牲にすることを望んでいる女性も多くはないと思っています。
 女性の多くは、仕事にも家庭にも自分が必要と考える時間を投入することのできる柔軟な勤務体系を望んでいると思っています。同じ仕事に対して報酬の男女差がなければそれで満足できると思います。
 しかし、企業にとっては女性従業員の都合を全面的に受け入れることはできないでしょう。そうすると、男性従業員が働きにくくなるからです。
 このような状況で、女性にとって働きやすい職場を作る方法の一つが、女性自身が同様な嗜好性を持つ女性を集めて起業することです。
 女性だけの組織であれば、互いに時間を融通しあうことにより、的確に業務を遂行することができます。このような柔軟な体制を作るためには多めに従業員を雇用する必要があります。
 企業の活動を円滑に行うためには、男性従業員を排除する必要はありません。職務規定を明確にし、勤務内容および時間に対して正当な給与が支払われれば済むことです。
 私は、今年の4月から精華女子短期大学の学長を務めています。現在やっていることは、教育体制を把握し、卒業生に遣り甲斐のある職場を与えるための支援を行うことです。
 これだけでは女性にとって働きやすい社会を創ることはできないので、卒業生支援を充実させたいと思っています。
 本学の卒業生のなかにも、結婚、出産、子育て等のために職歴を中断した人がいます。一旦職歴を中断すると、元の職業に就くことが困難な場合が多々あります。
 そのため、本学で獲得した資格を活かすことができない職に就いている人もいます。本学では、保育士、介護士、栄養士などの社会貢献型の業務に就くための資格を与えています。
 それ以外の、現場で働くことのできる多様な資格を得ることができる教育も行っています。私は、それらの資格を活かして、卒業生たちが気持ちよく働くことのできる環境を整えたいと思っています。
 これを可能にする方法の一つが女性のための会社を起業することです。私は、製品の開発だけでなく、多くの企業の経営指導も行ってきました。
 社会で必要とされる企業の内容や立ち上げ方について多くの経験を蓄積してきたので、様々な相談を受けることができます。何かをやりたいと思っている卒業生は私に相談に来てください。
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1994)私語の禁止 [大学教育]

 私が九州大学の助手に採用されたのは1982年のことです。助手は講義を持ちませんが、学生実験の説明をすることはありました。所要時間は短いので、学生の私語を気にすることはありませんでした。
 1982年に助教授に昇進すると、2つの講義を持つようになりました。私語をする学生はほとんどいませんでしたが、講義の邪魔になることは解りました。
 そこで、次年度から私語を禁止してきました。毎年、講義の初日はオリエンテーションを行います。講義の内容と評価方法を事前に知らせておくためです。その際、私語の禁止を申し渡しています。
 注意しても私語を止めない場合は退室させること、その場合は欠席扱いになることを知らせておきます。それを信じない学生もいますが、1回実行すれば私語は止まります。
 教員の方針は、口コミにより後輩に伝わるので、1回厳しい対応を取れば後は何も言う必要はありません。
 選択授業の場合は講義を聞きたい学生が集まりますが、必修授業の場合は必ずしもそうではありません。人数も増えるので、何も言わなければ私語が増えることになります。
 遅刻も禁止したいところですが、1時限目の授業の場合はどうしても少し遅れてくる学生が出てきます。その場合、他の学生の迷惑にならないように静かに入ってきて着席するように指導していました。
 学生たちは、すべての講義に強い関心を持っているわけではありません。単位を取るために出席している学生も多く、講義の内容が面白くなければ寝てしまう学生がでてきます。
 それはそれで構いません。授業料を有効に使うかどうかは、学生が判断すれば良いことですから。
 長年講義を行っていると、情報を取り入れる準備ができていない学生には何を教えても効果が弱いことが解ってきます。
 教育内容を自分のものにするか否かは学生の取り組み方次第です。したがって、興味を持たせる話はしますが、知識の詰込みはおこなってきませんでした。
 そこで、オリエンテーションの際には静かに寝るのは構わないと伝えていました。しかし、いびきがうるさい場合には起こすようにさせていました。
 私語を禁止した理由は、聞きたい学生の邪魔をしないためです。他人の迷惑を意識できないような人間は一人前の社会人にはなれません。
 私語をする学生には、講義内容を理解させることより、社会人の常識を体得させたいと考えていました。
 今年の4月から、崇城大学を経て精華女子短期大学の学長になりました。精華の教育理念は、誠・和・愛です。短大生活の2年間で、この精神を体得させ、思いやりのある女性に育てようとしています。
 授業中の私語だけでなく、周囲の人たちに迷惑をかける行為に対しては厳しく指導していこうとしています。
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1993)弔電 [生活]

 7月31日の朝、私の出身研究室の先生からメールが届いていました。研究室の先輩でもあり、私の前任者でもあった先生が亡くなられたそうです。
 亡くなられたのは29日のことで、通夜が31日の18時から、告別式が翌8月1日の12時30分から行われるそうです。
 いずれも、住んでおられた茨城県土浦市の斎場で行われるので、弔電を打つくらいしかできません。そうするにしても急いで処理する必要があります。
 私は、精華女子短期大学のメールアドレスは学内業務専用として使っています。その他の業務については、自宅のメールアドレスに連絡してもらうようにしています。
 後者の業務を円滑に行うことができるようにするため、学長室でも自宅宛てのメールを読むことができるようにしておいたのが幸いしました。
 学長室に着いてすぐそのメールを読んだので、遅れることなく対応することができました。
 以前は、弔電や祝電は電話で申し込んでいました。しかし、現在ではネット上で申し込むことができる筈です。弔電で検索するとNTT西日本のホームページに簡単にアクセスすることができました。
 まず、弔電の台紙を選びます。次に、斎場の名前と住所を入力します。研究室のメールには郵便番号が書かれていませんでしたが、住所を入力すれば次の段階に進むことができました。
 次に、喪主である奥様の名前を入力し、本文を選ぶ段階になりました。例文には私の思いを伝えるものがなかったので、自分で入力することにしました。
 最後に差出人の住所氏名を入力しなければなりません。ここでは、一個人ではなく精華女子短期大学学長の肩書を使うことにしました。
 先生は、80代の後半になっているので、最後の職を引かれてからかなりの年数が経過しています。以前の職場からの弔電が少ない可能性が考えられたため、公人として弔電を送ることにしました。
 インターネット電報を利用したのですが、ネットで処理すると料金の支払いが簡単かつ確実になります。利用可能なクレジットカードが明記されていたので、それに合ったものを選んで支払いを行いました。
 今回は、献花するにはいたりませんでしたが、しかるべき店のホームページを開けば、写真を見ながら注文することができます。
 学長室の端末の前ですべての作業を終えることができるので、時間の損失はほとんどありません。便利な世の中になったものです。
 ただし、ネットに過度に依存すべきではありません。ネット上に流れている情報は玉石混交です。情報の信頼性をわきまえていない人は、誤った情報よって動かされる危険があります。
 また、匿名での情報発信が可能ですので、無責任な情報の垂れ流しを行っている人もいます。ネット利用者に倫理性を持たせる方法はないものですかね。
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1992)大チョンボ [生活]

 7月27日の土曜日の夜、ヤフオクドームからの帰路で大qチョンボをしでかしてしまいました。現金、カード、買物券などを収めたシステム手帳を列車で失くしてしまったのです。
 この日もソフトバンクが負けたので、私はすぐに帰りました。家内と娘は負けても行われた光のセレモニーを見るために残ったので、一人で帰ることになりました。
 いつもであれば、21時前にベッドに入ります。試合が終わったのがその時間だったので、できる限り早く家に帰りつきたかったからです。
 地下鉄とJRを乗り継ぎ、自宅の最寄り駅の改札を出た所で手帳がないことに気付きました。この手帳には、運転免許証と保険証も収めていたので、出てこなければ大変なことになります。
 慌てて駅の事務局に駆け込み、紛失届を出そうとしました。ところが、その電車は特急待ちのためまだ停車中なので、探しに行くよう勧められました。
 乗り込んだすぐ後に電車が走り出したので、腰を据えて探し始めました。しかし、見つけることはできませんでした。後を託すため車掌さんを探しましたが、それも見つけることができませんでした。
 あきらめて2つ目の駅で降りて引き返すことにしました。幸い、あまり待たずに下りの電車がやってきたので、長い時間を費やすことなく最寄り駅の事務室に帰りつき、紛失届を作成しました。
 すでに22時を回っているので、できることはありません。自宅に帰って風呂の準備をしていると家内と娘が帰ってきました。
 JRの上り電車に乗った後、手帳に書き込みを行った記憶があり、紛失したのはJR車内であると思っていました。しかし、見つけることができなかったので、地下鉄の車内に置き忘れた可能性もありました。
 そこで、福岡市営地下鉄の遺失物相談孫口をネットで調べてみました。開いているのは8時から20時までだったので、翌朝でなければ連絡を取ることができません。入浴を済ませ、すぐベッドに入りました。
 翌朝、8時を過ぎるのを待って地下鉄のサービスセンターに電話を掛けました。地下鉄の駅では、システム手帳を預かっていないようです。
 私が利用した空港行の電車は、折り返してJR筑肥線の駅まで運行するものがあります。そこで、JRの担当窓口に相談することを勧められました。
 教えてもらった電話番号にかけてみると、そこはJRのサービスセンターでした。筑肥線ではシステム手帳の拾得はないが、門司港駅で同様の落とし物を預かっているとのことでした。
 ここでは、門司港駅の遺失物係の電話番号を教えてもらいました。そこにかけてみると大当たりでした。私の免許証が入った手帳が拾得されていたのです。
 電話をかけた2つのサービスセンターの担当者がいずれもなすべきことを教えてくれた結果、目的を達成することができました。人の親切の有難さに感謝しなければなりません。
 門司港駅の担当者は、着払いで発送できると言ってくれましたが、すぐに取りに行くと答えました。私の乗った電車の車掌さんが、終点の門司港駅で点検の際に見つけたようです。
 拾得者が車掌さんでは、お礼をすることはできません。せめて往復の電車代は使うべきです。運転免許証がなければ運転することができないので、身動きが不自由になります。取りに行った方が得策でした。
 折よく、9時26分発の門司港行快速があったので、それを使うことにしました。駅の事務室に立ち寄って発見を伝えましたが、こちらでもそのことを知っており、私に連絡しようとしているところでした。
 門司港駅に到着するまで1時間以上かかりますが、この程度の時間であれば長く感じることはありませんでした。毎朝、1時間以上運転して通勤していますからね。
 電車で移動している場合は、そこで仕事をすることができます。今回は、ブログの原稿を書きながら往復したので、退屈することはありませんでした。
 それにしても、大チョンボをしでかすそそっかしさにつける薬はないようですね。忘れ物は頻繁に行っていますし、常になにかを探し回っています。もう少し、落ち着かないと思いますが、性格はなかなか変えることができません。
 今回の教訓は、手帳に多くのものを集約するのは危険であるということでした。運転免許証、保険証、クレジットカードが戻ってこなければ、それを更新するためにかなりの時間を浪費しなければなりませんでした。
 悪意のある人に拾得されていれば、多くの損害を受けていた可能性があります。これに懲りて、手帳を財布代わりにすることは止めることにしました。
 便利ではありましたが、便利を追求するあまり、紛失時の危険がより大きなものになることを頭に入れていませんでした。
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1991)鷹の祭典 [スポーツ]

 7月27日の土曜日は、精華女子短期大学の3回目のオープンキャンパスの日でした。この日は1部制で、14時前にすべての参加者を送り出すことができました。
 夏休みに入って最初のオープンキャンパスであり、天候にも恵まれたので、多くの高校生が訪れてくれました。
 南区こども大学を同時に開催したので、親子連れも多数来学しました。何をやるにしても、参加者が多いことは嬉しいことでした。
 この仕事が終わった所で、ヤフオクドームに向かいました。鷹の祭典の試合を観戦するためです。
 鷹の祭典は、専用のユニフォームが配布されるなどの特典があるので、切符の入手は結構難しいものです。私たち夫婦も数年前に1回行ったきりです。
 しかし、今年は娘が切符を確保してくれました。今年から始まったAI切符で3人並びの席を取ってくれました。
 娘は好きな音楽グループのコンサートの切符やグッヅをネットで確保しているので、人気のある催しの切符を簡単に取ってくれました。
 3塁側のベンチサイドシートで並んでみることができるようになりましたが、球場に行くまでの過程はバラバラです。
 私は仕事を終えて、大学から球場に向かいました。娘は友人が福岡に帰ってきたので、午後は付き合いの時間です。家内だけが自宅から球場に向かいました。
 この日は、18時からのナイターで、開場は16時です。ただし、ポイント数の多い会員は15時から入場して練習を見ることができます。ただし、クラスによって見ることのできる場所が違います。
 私はゴールドクラスなので、内野席に入ることができますが、その上のクラスになるとネット裏から見ることができます。
 球場に着いたのが15時30分頃で、すぐにユニフォームをもらいに行きました。その後の30分をどう過ごすかが問題です。
 この日は、梅雨明け直後の蒸し暑い陽気でした。16時の開場まで外で待つのも大変です。そこで、練習見学の入口を探して早期入場を果たしました。
 普段は見ることのできないホークス選手の練習を初めて見ることができると思いましたが、すでにオリックスの打撃練習が始まっていました。
 鷹の祭典の日は余分のセレモニーがあるからでしょう。スケジュールが少し前倒しになっているようです。しばらくデジタル双眼鏡を使いながら練習風券を見ていると、開場の16時が近づいてきました。
 いつもはデーゲームを見に来るので、昼食用の弁当は小さめの物を選んで利用しています。家内と一緒に出掛けるので、博多駅の行きつけの店で弁当を購入して持参しています。
 この日は、バラバラに球場に行くので、それぞれ夕食用の弁当を調達することにしました。夕食であれば、球場内で販売している弁当でも多すぎることはありません。
 売店には、選手の名前を冠した高めの弁当がいろいろ売られいましたが、私は安い幕の内弁当を選びました。食べやすく、栄養バランスの良い弁当を好むからです。
 予約席に行ってみると、まだ家内は来ていませんでした。私より早く到着してどこかで練習を見ていたはずですが、まっすぐ指定席に来なかったようです。
 一人では退屈なので、弁当を食べることにしました。まだ食べ終わらない内に家内がやってきましたが、それ以降は退屈しないで済むようになりました。
 娘も試合が始まる前に到着し、食事の準備を終えました。後は試合を楽しむだけです。しかし、この日は負けるであろうと考えていました。先発投手も打線の状態も、オリックスの方が良かったからです。
 予想した通り、オリックスは初回に2点を先取し、その後も得点を追加して5対0になってしまいました。
 ホークス打線はエース格の山本投手に完全に抑えられていました。5回に2本の内野安打で出塁するまでは完全試合の恐れを抱いたくらいです。
 良い当りが出ても差し込まれているようです。すべて首尾範囲に飛んでしまいます。9回も簡単に2死を取られ、完封間違いないと思われました。
 しかし、山本と投手といえども完封直前になると心が乱れるようです。2本のヒットを打たれた後、当たっていなかったデスパイネに完璧なホームランを打たれてしまいました。
 その可能性はあったので、私はホームランではなくヒットでつないで欲しいと思っていました。差は5点です。ホームランを打っても、まだ2点の差が残ります。
 走者がいなくなると、投手は余分なことを考える必要がなくなります。次の打者を抑えれば試合が終わるからです。実際、交代した抑え投手が松田を三振に仕留め、試合は終わりました。
 2死をすでに取られていますが、ヒットでつないでいけば追いつく可能性が高いと考えました。しかし、そうはさせてくれませんでした。
 これまでは、私たち夫婦が観戦した試合はすべて勝っていました。しかし、今年初めて負け試合を体験することになりました。
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1990)栄養指導 [食と健康]

 7月22日の月曜日に、病院で栄養指導を受けてきました。その際、家内の同伴を求められました。私の体重を減らすためです。
 6月1日に受診した健康診断の結果が芳しいものではなかったため、7月8日に内科を受診し、栄養指導を受けることになりました。
 指定の時刻に病院に行き、約1時間の指導を受けましたが、知らない話はほとんどありませんでした。というのは、私自身が食と健康に関する研究者であり、家内も栄養学に関する教育研究者だったので、ほとんどの情報はすでに知っていたからです。
 減量の必要性は認識していたので、2年前から減量を再開し、着実に体重を落としてきていました。しかし、血液検査の結果は思ったほど改善せず、今日に至っていました。
 軽度の肥満があり、長年にわたって脂肪肝の状況が続き、時々血中コレステロールレベルが高くなり、7年前から肝機能の悪化が見られるようになり、糖尿病の入り口に来ていることが解っています。
 加齢によって、健康状況の改善が思い通りにいかなくなっていることもあり、病院通いを始めることにしました。
 この4月から自宅のある福岡市で仕事をすることができるようになったので、かかりつけの病院を持つことにしました。
 8年前に大腸がんの除去手術を行った病院には私のカルテが残っているので、そこを選びました。ただし、これからは内科で見てもらうことになります。
 3月までは熊本市で単身赴任をしていましたが、最後の2年間で約8 kg減量することができ、70 kgを割ることもできそうな状態で自宅に帰ってきました。
 そこで気が緩んだのか、夜に仕事をしながら間食をするようになりました。頭が疲れてくると糖分を欲しくなるからです。
 また、暑くなる時期が早まり、牛乳の摂取量が次第に増えてきました。その結果、5月から6月にかけて体重が2 kg程度増えてしまいました。
 その頃、健康診断の結果が戻ってきたので、これではいけないと減量努力を再開することにしました。
 お菓子は、あれば食べてしまうので買わないことにsました。夜に冷たい飲料を飲まなければ寝付きにくいので、より低カロリーの飲料を用意して牛乳の摂取量を減らす様にしました。
 その結果、7月は減量パターンに戻り、体重が減り始めていました。栄養指導には、15年間の体重記録を印刷して持参しました。
 栄養指導で分かったことは、3度の食事は正しい食生活を行っていること、現在の運動量があれば着実に減量することができるということでした。
 したがって、教えるべきことはあまりなかったのですが、1時間近くを使って丁寧に説明してくれました。
 私たちは、すでに十分な基礎知識を持っているので簡単に説明内容を理解することができました。しかし、素人の人たちがこの指導を受けて正しい食生活をできるのだろうかと疑問に思いました。
 健康を維持するためには幅広い栄養学に関する知識が必要です。偏った知識では、かえって体調を悪化させることもあります。
 各人の健康を守るためには、一般的な指導では不十分で、各人の食生活の問題点を明らかにし、それを改善するための具体的な方策の実施を継続して見守る必要があると思っています。
 日本人の食生活は、平均的には非常に優れたものになっています。しかし、30%以上の人がメタボリックシンドロームに相当する不健康な体になっています。
 これは、食生活の個人差が非常に大きいことによります。平均値に見られる適切な食事を行っている人の割合は30%にも満たないと考えています。
 このことは、平均値の栄養学では国民の健康を保つことはできないことを意味しています。家族単位で栄養指導を行う個別栄養学の実践が健康改善に必要なのです。
 家族には、性別、年齢、活動量の異なる構成員を含むことが多く、一つのメニューですべての構成員の栄養要求を満たすことは困難です。
 これを可能にするためには、栄養組成の異なる料理を複数用意し、各人にとって必要な料理を必要量摂るようにすべきです。ホテルのバイキング食を家庭に持ち込むようなものです。
 家族構成に合わせて用意すべき料理の種類を提案し、各人の摂取量を定める作業は、専門家でなければできないことです。
 これを可能にするのが、各家庭にかかりつけ栄養士を置くことです。この仕事は、幅広い知識と経験が必要です。
 私は、現在精華女子短期大学の学長を務めています。この大学の生活科学科食物栄養専攻では、栄養士の育成を行っています。私の夢の一つは、かかりつけ栄養士になりうる幅広い能力を有する栄養士の卵を育てることです。
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1989)リーダーの役割 [仕事の進め方]

 組織は、トップリーダーの下に数段階のサブリーダーを置き、業務を分担して運営されています。これらのリーダーたちが十分な能力を備えていれば、問題なく業務が行われます。
 しかし、現実は甘いものではありません。リーダーたちの多くは一部の能力を欠損しており、効率的に運営されている組織はほとんどないといっても過言ではありません。
 十分な能力を有していないリーダーが1人でも存在すると、そのセッションの業務が停滞し、組織全体の業務効率を低下させることになります。
 リーダーたちは、業務の内容に応じて種々の能力を発揮しなければなりません。求められる能力の種類は状況により異なるので、ここでは共通して必要になる能力について考えることにします。
 まず必要になるのは、実施を求められている業務の本質を理解することです。これが解らなければ、どのような形で業務を遂行するかを決定することができません。
 実際の業務は部下に任せることになります。その業務の遂行において最適の能力を有する部下を選抜しなければなりません。業務の本質と部下の能力を正しく理解する眼力を持っていなければなりません。
 この場合、リーダーは業務内容のすべてを理解する必要はありません。重要なポイントを押さえておけば、最適の担当者を選ぶことができます。細部にこだわるリーダーは業務処理速度が低下し、部下を活用することができなくなります。
 部下に仕事を任せる場合、余分な口出しは厳禁です。仕事を与える時、必要十分の説明を行い、業務の達成を確実なものにします。また、業務実施に十分な余裕を持たせた締め切り日を指定しておきます。
 締め切り日に無理があれば、業務の達成度は不十分なものになります。このような仕事の与え方では、部下の信頼を勝ち取ることはできません。
 自分が担当している部署の業務実施予定と実施状況を十分に理解し、無理のない形で業務を与えなければなりません。
 このような仕事の与え方であれば、締め切り日まで口を出す必要はありません。仕事は必ずしも順調に進むとは限らないので、部下に伝える締め切り日は結果が必要になる日より早めに設定する必要があります。
 余裕日数が適切に取られていれば、部下の報告を待つ余裕が生じます。しかし、待ちかねて状況を聞きに行くと部下の信頼を失うことになります。
 部下は、任されていないと感じると、全力を尽くさなくなります。上司への依頼心が生じるとともに、やる気を失う部下が出てきます。
 これでは、部下の成長を促すことができません。リーダーの重要な役割の一つは後継者を育てることです。部下の成長を促進することができないリーダーは上の段階に上ることはできないものです。
 リーダーは、職階が上がるにつれてより広い領域にわたって判断を求められるようになります。自分で経験した業務については適切な判断を示すことができるが、経験のない業務では判断できない人がいます。
 そのような場合、判断まで部下に丸投げする人がいます。これではリーダーとは言えません。専門家の判断は狭い視野で行われることがあり、非専門家が判断した方が良いケースが多々あります。
 上部リーダーが判断を逃げる様では、その組織にとって最適の判断を行うことができなくなります。部下に仕事を任せるが、その成果については十分に目を通して自分の知識にしなければなりません。
 そのようにして、部下の経験をわがものにし、業務の遂行を通じて能力を拡大することのできる人間が上部リーダーになる資格を持っているのです。
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1988)プリンタの補充 [パソコン]

 私の仕事は文書作成が中心なので、パソコンとプリンタは生活必需品になっています。公私にわたって作業記録を残しているので、それを印刷する頻度が高いのです。
 また、資料の電子化を日常的に行っているので、スキャナー機能付きのプリンタを購入する様にしています。持ち歩く資料の量を減らすため、両面印刷を行うことが多いので、その機能も必要です。
 両面印刷は、Canon製のプリンタが使い勝手が良いので、優先して購入しています。一方、スキャナーの使い勝手はBrother社の製品が優れているので、両者のプリンタを上手に使い分けています。
 A4およびB5用紙の両面印刷は、どの機種で行っても問題はありません。しかし、A5サイズの両面印刷になると前面給紙のプリンタでは使い難くなります。
 市販の用紙がないので、A4用紙をカッターで半切して用いているのですが、切断面がきれいでない場合は裏面を印刷する時に紙詰りが発生しやすいのです。
 後方給紙の場合は、紙詰まりはほとんど発生しないので、後方給紙のプリンタがある時はそれを用いて両面印刷を行ってきました。
 しかし、後方給紙が可能な古いCanon製のプリンタを教え子の希望で崇城大学に残してきました。精華の学長室に置かれていた古いプリンタが後方給紙もできたので、重宝して使っていました。
 しかし、5月の末に壊れてしまい、手元に後方給紙のできるプリンタが無くなってしまいました。
 学長室に、Brother社のA4プリンタを持ち込み、自宅ではBrother社のA3プリンタとCanon社のA4プリンタを2台使うことになりましたが、いずれも前面給紙しかできません。
 幸か不幸か、古い方のCanon社のプリンタが若干不安定になっていました。裏紙を使って印刷する時、A4サイズでも紙詰りが発生しやすくなっていたのです。
 しかし、その頻度は低いので、まだまだ使うことができます。インクジェットプリンタのインクタンクは結構高いので、インクが無くなればプリンタの補充を行うことにしていました。
 しかし、残っていたのはカラー印刷用の黒インクです。消耗が遅いので、未開封のインクタンクが2個残っています。無くなったインクを補充しながら使っているのですが、黒インクが無くなるまでかなりの期間が必要なようです。
 そのため、A5両面印刷はなるべく行わないようにして過ごしてきました。しかし、狭い場所で作業する時は、B5ファイルでも大きすぎることがあります。
 やむなく、7月に入ってA5ファイルの使用を再開することになりました。ところが、15日の日曜日に紙詰りが頻発したため、堪忍袋の尾が切れてしまいました。
 プリンタの補充を前倒しすることにし、近くのヤマダ電機に向かいました。求める機能は、後方給紙、A5両面自動印刷、無線LAN接続の3点です。
 これらの機能を備えた最も安いものを探すことにしました。最低価格は5000円台でしたが、このプリンタは両面自動印刷を行うことができませんでした。
 次の1万円台のプリンタはすべての機能備えていたので、これを購入することにしました。自宅に持ち帰り、2台のノートパソコンに接続しましたが、問題なく印刷することができました。
 しかし、主力機として使っているミニデスクトップで問題が発生しました。この端末は、無線LAN機能が内蔵されていないなかったので、無線LANルーターにLANケーブルで接続していました。
 この状態でも、既存の3台のプリンタは無線LANで認識することができ、無線LAN印刷を自由に行っていました。
 しかし、新しいプリンタでは無線LAN印刷を行うことができませんでした。結局、ミニデスクトップにはUSBケーブルを用いて接続し、利用可能にしました。
 パソコンを使っていると、このような不測の事態に対応しなければならないことが多々あります。家内に言わせると、愚痴をこぼしながら問題解決を図っている時は格好楽しそうに見えるようです。
 どうも、問題解決に知恵を絞ることが好きな性格に生まれついたようです。
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1987)寮での生活 [大学教育]

 精華女子短期大学の学長に就任して約4ヶ月が過ぎました。少しずつ大学の中身が見えてきました。今日は本学の寮での生活を紹介したいと思います。
 本学の寮は、大学の構内に設置されています。日中は、正門だけが開かれており、門衛所に人が配置されているので、不審者が入り込むことはありません。
 夜は門が閉じられ、舎監の女性が一緒に住んでいるので、より安全に過ごすことができます。門限を守らなければならないので、学生にとっては窮屈でしょうが、親にとっては安心できる居住形態です。
 学内に寮が設置されていると、朝夕だけでなく、昼食も寮で摂ることができます。食事の自由度は減るかもしれませんが、3食を通して栄養バランスの良い食事を摂ることができます。
 一人暮らしの効果については前回のブログで紹介しましたが、寮での生活は学生の成長を大きく促進するので、県外からの入学生は寮生活も考えたら良いと思います。
 しかし、寮生活を嫌う学生も多く、どこの大学でも空き室が目立つのが現状です。寮は、集団生活を体験させるために設置されているので、他の学生と同室の生活を送るのが原則です。
 しかし、少子化の影響か、同室を嫌う学生が多くなってきました。外国では、個室の寮はほとんどありません。国際交流プログラムに参加すると、大学の寮で共同生活をしなければならなくなります。
 同室を嫌う日本人学生から、2人分の料金を払ってよいので、個室に入りたいという希望が多くなされるようで、担当者が困っているという話を聞かされたことがあります。
 教育上の観点からいえば、2人部屋を維持したいものです。しかし、空き部屋が出るのはもったいないことです。そこで、本学では寮の一部に一人部屋制をしくことになりました。
 一人部屋になると、料金が少し高くなるので、現在入居している学生が一人部屋に移ることはないようです。実質上、来年度の入学生から一人部屋が使われることになるでしょう。
 本学では、構内の大学寮に加えて指定寮制度を取り入れています。これは、外部のアパートと契約して本学の学生のみを入居させてもらう制度です。
 少し料金は高くなりますが、学生たちは大学の寮と同様に安心して一人暮らしを行うことができます。大学寮の一部が個室化されることによって、指定寮に空き部屋が出ても困ります。
 すべての部屋が埋まる様、県外からの入学者を増やす努力が必要です。
 私は、九州大学時代に教育担当副学長を務め、他の大学の評価委員を務めたこともあります。それによって、全国の大学の実情に関する多くの情報を得ることができました。
 また、九州大学を退職して私立大学である崇城大学で4年間勤務したので、私立大学の内情についてはさらに情報量を増やすことができました。
 この4ヶ月間で、短期大学の教育内容についてかなりの知識を得ることができましたが、そこで感じたことは資格付与型の短期大学の教育効率が非常に高いことでした。
 社会で活躍するための知識と経験を2年間で与えなければならないので、教育密度を高める必要があるからです。学長講話などを通じて多くの学生と接触しました、多くの学生は4年制の大学より速やかに成長していると感じました。
 しかし、高校生の多くは4年制大学に目を向けており、短期大学を希望する生徒の数は多くないようです。短期大学の希望者も、自宅通学が可能な大学を選ぶ場合が多く、他県からの入学生の比率が低いのが現状です。
 短期大学で資格を取得し、早く社会に出たいと考える学生の多くに、家計の制約がかかっているのかもしれません。
 しかし、家を出て一人暮らしをすることは子どもたちの成長を大きく促進します。それによって、競争力の強い社会人になることができます。
 資格を取ることだけが目的であれば、近くの専門学校に通えば良いでしょう。しかし、強い社会人になるためには短期大学に入学し、さまざまな情報を積極的に取り入れる生活を送った方が良いように思います。
 7月21日に実施したオープンキャンパスに参加した生徒の保護者で同じ考えを持っている方がおられました。その方は、自宅通学が可能ではあるが、寮に入れたいと考えておられました。
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1986)一人暮らしの効果 [生活]

 社会に出て最も必要になるのは自己完結能力の高さです。自力で問題を解決できない人間は就職先を確保することが困難であり、就職できても大事な仕事を任されることができなくなります。
 大学を卒業するまでに自立心を育てておかなければ、社会に出てから苦労することになります。
 そのため、私の教育目標を「自分の頭で考え、自分の足で歩いて行くことのできる人間を育てる」ことに置いています。
 大学では、学生の個性を伸ばし、学生の夢を実現するための支援を行っています。家庭教育も同じ方針で行ってきました。
 私には4人の子どもがいます。長男、長女、次男が2年ごとに生まれ、10年遅れて次女が生まれました。個性尊重教育の結果、いずれも異なる道を歩みました。
 長男は、京都大学の文学部を選び、博士後期課程を修了して歴史の研究者になりました。
 長女は九州大学農学部に入り、博士後期課程を修了して企業の研究員としてはたらいています。
 次男は、九州大学工学部の修士課程を修了して愛知県の企業ではたらいています。
 次女は、九州大学工学部の修士課程を修了して福岡市内の企業ではたらいています。
 進路の選択にあたっては、本人の希望を尊重して決めています。子供たちが生きたい道を歩んで欲しかったからです。
 子どもたちの大学生活において、やった方が良いと考えていたことは卒業までに一人暮らしを体験させ、大人にしておきたいということでした。
 私も18歳で熊本市の自宅を出て、結婚するまで福岡市で一人暮らしをしていたので、その経験の重要性を十分に理解していたからです。
 長男は、歴史学者として生きたいという希望を持っていたので、京都に出すことが一番良いと親も考えました。同然、入学と同時に一人暮らしを始めることになりました。
 長女は、父親が勤務している九州大学の農学部でも良いと本人が決めたので、親はそれに従いました。長女は、修士課程を修了するまで自宅から大学に通いました。
 しかし、休みの日もほとんど家にいない生活をしていたので、あえて一人暮らしをさせる必要もないかと思っていました。
 しかし、修士2年になって後輩を指導するようになると、帰宅が深夜に及ぶようになってきました。家内の文句が多くなってきたので、博士課程への進学を機会に箱崎でアパート暮らしをさせるようにしました。
 私は博士課程の学生の日常生活をよく知っていたので、親の制約を受けないようにした方が良いと考えたからです。長女は、順調に博士課程を修了し、栃木県の化学企業に就職し、研究員として勤務しています。
 長女の自立心については何の心配もしていませんでしたが、次男は若干心配でした。次女が生まれるまでの10年間は末っ子だったので、親への依頼心が強い傾向があったからです。
 しかし、次男が選んだ大学は、九州大学の工学部でした。その頃の所在地は箱崎だったので、自宅から通うしかありません。しかし、4年生の時に研究室が伊都地区に移ったので、アパート暮らしを始めさせることにしました。
 この効果は絶大で、修士卒業までの3年間で自己完結能力の高い人間に変貌しました。入居時には手伝いましたが、それ以降は何の相談もありませんでした。
 工学部は教授推薦制度が残っており、親に相談することもなく就職を決めてしまいました。勤務地への引っ越しもすべて自分で行い、手伝うことは何もありませんでした。
 結婚相手も自分で探し、現在は1児の親として偉そうにしています。一人暮らしをしたことで大きく成長し、自信もつけることができたようです。
 次女は、化学系の仕事を望んでいたので、農学部を選ぶこともできました。しかし、まだ父親が教育担当副学長の勤務を終えて農学部ではたらいています。
 長女が農学部で高い評価を受け、長女を知っている先生が多かったことも農学部への受験を躊躇させました。長女と比較されることは、次女にとって鬱陶しいことであろうと思いました。
 相談の結果、次女は九州大学工学部の化学系への受験を決断しました。本人が決めればそれで充分です。幸い、無事合格することができました。
 この時期は、工学部はすべて伊都地区に移転を終え、低年次教育も伊都で行うことになっていました。福岡市の東端の自宅から西端の大学まで、1時間以上をかけて通学するのは時間の無駄です。
 そこで、合格したら伊都地区でアパート暮らしをすることは互いに了解していました。18年間末っ子として育ってきたので、一人暮らしの経験をさせる良い機会でした。
 次女は、修士課程を終えるまで6年間の一人暮らしを経験することができました。最初の年は悩み事があったようですが、自力でそれを乗り越えた後はすっかり大人になりました。
 予期せぬことに、就職先が福岡市の企業になり、3月末から同居するようになりました。大人になった娘と家内の2人から攻め立てられるのは困りものですが、なんとか対応している今日この頃です。
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1985)豪雨の影響 [生活]

 九州北部は、7月20日から21日かけて豪雨に見舞われました。梅雨に入ってもまとまった雨が降らなかったのですが、降れば土砂降りになりました。
 あいにく、7月21日は精華女子短期大学では2回目のオープンキャンパスを行うことになっていました。8時30分頃に激しい雨が降り出し、参加者の減少が懸念されました。
 幸い、土砂降りの雨は長続きせず、JR南福岡駅と西鉄雑餉隈駅に迎えに行ったバスは高校生と保護者を載せて戻ってきました。
 この日のオープンキャンパスは2部制になっており、午前中の第1部は自家用車や鉄道を使って来学する人たちが主客でした。
 午後の第2部は、遠くの高校の生徒と保護者が主客、3台の無料バスを用意して来学してもらいました。
 オープンキャンパスの実施中に、鉄道の運行見合わせの情報と高速道路の通行止めの情報が入ってきたので、早めに切り上げることも考えましたが、結局予定通りに続けることにしました。
 豪雨は予想されていたので、帰宅困難になると思われている地域から来学されている人はあまりいないようでした。
 オープンキャンパスに従事している教職員や学生の帰宅に支障が生じる可能性がありましたが、交通事情の復旧には時間がかかるものと思われました。
 天候は回復の方向に向かっていたので、予定通り実施した方が、交通事情は良くなることを期待しました。実際、帰宅に際して大きな問題は生じなかったようです。
 22日は栄養指導を受けるために勤務を休んだので、参加者数は23日に知ることになりました。昨年と参加者数はほとんど変わっていなかったので、豪雨の影響はあまり大きくなかったようです。
 7月21日は、参議院選挙の投票日でもありました。私は13日に事前投票を行っていたので、早朝から大学に出向きました。
 家内と娘はこの日の朝投票を済ませました。私たち夫婦は天候に関わらず必ず投票するようにしていますが、多くの人はそうではないようです。
 選挙にもよりますが、投票率が50%を切る時すらあります。天候が悪いと投票率が下がる傾向があり、そうなると組織政党が議席を獲得する確率が高くなります。
 公明党や共産党の支持者は天候とは関わりなく投票に行く人が多いからです。危惧した通り、今回の投票率は全国平均で48.80%に過ぎず、国政選挙として寂しい投票率になりました。
 福岡県の投票率は42.85%に過ぎず、まったくお恥ずかしい限りです。この低投票率は、豪雨のせいばかりではありません。福岡県の投票率は、前回の参議院選挙でも全国平均を下回っていましたから。
 近年は、野党が分裂して投票先を選ぶのに苦労する状況です。だからといって、選挙に行かないようではこの状況を変えることはできません。
 投票結果は、自民党が10名減少し、立憲民主党が8名増加しました。公明党と維新も3名増加しましたが、共産党は1名減という結果になりました。
 なお、福岡選挙区の当選者は1位が自民党現職、2位が公明党新人、3位が立憲民主党新人でした。共産党の新人は、かなりの差をつけられて4位で終わりました。
 この結果は、合区などの選挙区の変更の影響も受けているので、必ずしも政党の人気度を表すものではありません。また、豪雨の影響はあまり大きくなかったようです。
 自民党と公明党を合わせると過半数をはるかに超えているので、政権運営には支障がありません。幸いなことに、これに維新を加えた改憲勢力は3分の2に達することができませんでした。
 さしあたり、安倍政権が改憲案を出すことはできなくなったようです。もっとも、無所属議員が9名いるので、その引き込み作業に熱中するかもしれません。
 今回の低投票率は、必ずしも豪雨の影響ではないかもしれません。投票率が低い状況が続いていることは大きな問題であると考えています。
 国民がもっと政治に関心を持ち、求める政治家を自分たちで育てていく社会になって欲しいと思っています。
 朗報は、ダムの貯水率が急増したことです。22日の朝9時の福岡県のダム貯水率は72.40%に達しました。状況の悪かった福岡市のダムの貯水率も、22日は50%を超えており、23日の9時には58.43%に達しました。
 これから、さらに貯水率が改善されるものと思われます。給水制限の危機から脱することはできたようです。
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1984)スマートウォッチの使い勝手 [運動]

 2019年の1月に、次男夫婦からプレゼントされたスポーツウォッチを損傷してしまい、同じGARMIN社のスマートウォッチを購入しました。
 いずれも、GPSを利用してジョギングの走行距離を記録するものです。プレゼントされた時計は、定価で2万円前後のものでした。ジョギング専用機としてまだ使うことができるので、新しい時計は手出しで5千円程度のものを選びました。
 2月に投稿したブログにも書きましたが、新しい時計の使い勝手はあまり良いものではありませんでした。取り扱い説明書の記載が不十分であったため、使い方が良く解らなかったのです。
 最も苦労したのは日時の設定でした。専用アプリをスマートホンにインストールして時計を認識させる必要があるのですが、これがなかなかうまくいきませんでした。
 なんとか認識させて使い始めたのですが、バッテリー容量の低さに悩まされることになりました。私の場合、毎朝10 km前後走っています。
 その間GPSに接続していると、かなりの電力を消費します。走った後も使い続けていると、GPSに接続していなくとも電力を消費します。
 結局、2~3日に一度充電しなければなりませんでした。うっかりすると、完全に放電させてしまいます。放電状態が長く続くと、日時情報が消えてしまいます。
 そうなると、再び日時の設定が必要になるのですが、時計の認識がなかなかうまくいきません。結局、アプリを入れ直してなんとか認識させることができました。
 この苦労を何度か繰り返していると、使い続けることが嫌になってしまいました。熊本を撤収して福岡市の自宅で生活するようになると、ジョギング用の時計を2個使う必要がなくなりました。
 その結果、古い時計を使うようになり、スマートウォッチは放電した状態で放置されることになりました。
 古い時計は、ガラス面にひびが入り、若干表示が見難くなっています。しかし、ジョギング専用機として使うのに不自由はありませんから。
 それでも、7月に入ると勿体ないと思うようになりました。そこで、充電して日時合わせを行い、使用を再開することになりました。
 使用を再開した翌日、走行中に電池切れが発生し、記録が取れなかったことがありますが、毎日充電すれば生活用の時計として使うことができるでしょう。
 久しぶりに使用を再開して気が付いたのが、走行中の距離表示が見難くなることがあるということでした。以前からこの問題はあったのですが、使い始めの時期はこれをあまり認識していませんでした。
 表示が見難くなる理由は、黒をバックにして表示される距離の色が心拍数に応じて変わるからです。心拍数は低い時は白、増えてくると橙色から赤色に変わります。
 黒をバックにして暗い赤色の文字が表示されると、コントラストが不十分になり見難くなるのです。心拍数の増加を危険情報として示したいのであれば、見やすくする必要があります。
 赤系の色を使いたいのは理解できますが、そうであればもっと明るい色使いをしなければなりません。濃い赤や青色は明度が低いので、黒のバックでは見難いからです。
 同様な配慮は、見やすいスライドを作る時にも必要です。大学では、スライドを利用したプレゼンテーションを頻繁に行います。
 学生たちは、バックに色を付けたがりますが、下手をすると見難いスライドを作ってしまいます。色を重ねても見やすいスライドを作るためには美的感覚を向上させる必要があるのです。
 やはり、このスマートウォッチの最大の弱点は充電容量が十分ではないことです。GPS接続状態では20 km程度しか走れないようです。これでは、フルマラソンに耐えません。
 結局、少なくとも2日に1回、バッテリー残量によっては毎日充電して使っているところです。ちなみに、スポーツウッチは同じ使い方で1週間は持ちます。ゆっくり走っても、フルマラソンに使うことができるでしょう。
 追伸です。7月の末に、試行錯誤を重ね赤の文字表示を出なくする方法を見つけ出しました。
 この時計は、普段は画面が消えており、時刻等を見る動作をすると点灯するようになっています。それによって、消費電力を抑えているようです。
 走行中に、赤い字ではなく白文字が表示されるようになることを経験していましたが、文字の色を自分で変えることができれば使いやすくなります。
 心拍数の測定が終わると赤い文字で表示されるのであろうと考え、距離を表示した後、すぐに見るのを止めてしまいました。
 そうすると、再度表示させた時に前回の結果が赤文字で表示されますが、その後最新の距離が白文字で表示されました。
 表示時間を縮めると、心拍数の測定が間に合わなくなるのでしょう。白い表示が繰り返し表示されるようになりました。これで、使い勝手が大きく改善されることになりました。
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1983)業務の円滑化 [仕事の進め方]

 大学の業務の大半は、毎年同じ時期に必要になる作業の繰り返しです。前年の業務記録が的確に残されていれば、簡単に終えることができるものです。
 業務の質は、求められる内容ができる限り高いレベルで達成されているか否かで決まります。実施期限に先立って準備を始めることにより、業務の質を高めることができます。
 準備期間を確保するためには、何時、どのような作業が必要になるかを知っておく必要があります。そこで、私は3年分の予定表を常に携帯するようにしています。
 去年、今年、来年の3年分です。過ぎ去った日の予定表には、いつ何が行われたが記載されています。これから何をやるべきか、簡単に決めることができます。
 今年は、精華女子短期大学として新しい業務についているので、前年の記録はあまり役に立ちません。しかし、継続している学外業務もあるので、携帯する意味は十分にあります。
 繰り返しの作業ばかりではなく、新しい業務も頻繁に入ってきます。繰り返し業務の遂行をできる限り早く始めておけば、追加の仕事が入っても余裕を持って対応することができます。
 仕事に追われるようになると良い仕事はできないので、常に先を読んで無理なく業務を行うことができるようにします。
 大学業務の多くに文書の作成が関わってきます。繰り返し業務の場合は、前年作成した文書の修正で作業を終えることができます。
 解りやすいファイル名を付け、フォルダに分類して収納しておけば、必要な書類を簡単に見つけ出すことができます。
 そこで、年度名を用いたフォルダを最初に作っています。その中に、業務の種類を示す大分類を記載してフォルダを複数作ります。個々のフォルダの中に、業務名を記載したフォルダを作り、関係書類を収めるようにしています。
 毎年同じやり方で分類していけば、必要な書類をすぐに見つけ出すことができます。
 慣れるまでは、どのフォルダにファイルを収めたか解らなくなることがあります。何年も前に行った作業の場合はよくあることです。
 その場合、ファイル名検索を用いて必要なファイルを探すことになります。ファイル名に業務内容を的確に表す用語が含まれていれば、複数の候補の中から目的のファイルを見つけ出すことができます。
 同じ名前のファイルが複数存在する場合には、最終保存日時を見ることで最新のファイルを選ぶことができます。検索結果に最終保存日が表示されていない場合もあるので、ファイル名の末尾に日付を記載するようにしています。
 この日付は、文書作成日の場合もあれば、講演などの業務を行う日の場合もあります。どちらを使っていても、目的のファイルを見つけることができます。
 2019年7月1日の場合、190701と記載しています。私が生きている間は2000年代なので、この方式を使い続けることができます。この日付記載様式は、業務実施記録でも使っています。
 つぎに、業務実施記録を残すようにしています。予定表は、最終的な業務の実施日しか書き込まれていないので、仕事の進め方は解りません。
 業務日誌も、業務の大分類ごとに作成し、実際の業務を五十音順に並べて作成しています。そこに、業務実施日と簡潔な業務内容を記載しています。
 どのような順序で作業を行い、重要なポイントはなんであったかが解るようになっています。このファイルも年度ごとに作成しているので、前年度に記載がなければ年度を遡って実施記録を探すことになります。
 この実施記録は、進行中の業務の達成状況を知るために使うことが多くなります。毎週もしくは毎月行われる会議の進捗状況が記載し、些末な情報を頭から消すことができるようにしています。
 多様な業務を並行して行っているので、すべての情報を記憶することは不可能です。とくに、私は記憶力が悪いので、パソコンの発達は私の仕事を大きく助けてくれました。
 業務記録を残す作業は、慣れれば簡単に終わります。これを残すことにより、仕事を追いかけることが可能になります。また、文書の再利用により簡単に作業を終えることができます。
 このやり方が身についてからは、私の作業速度が非常に早くなりました。
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1982)事前投票 [社会]

 7月22日の日曜日は、参議院選挙の投票日です。投票は、午前7時から午後8時まで行うことができます。
 私たち夫婦は投票を休んだことはありません。投票したい相手が見つからないのが悩みの種ですが、投票だけは行うようにしています。
 通常、朝早く投票を済ませ、1日の残り時間を有効に使うことにしています。しかし、仕事が入っている時はそうすることができません。
 そのような時は、福岡市の東区役所に期日前投票所が開設されるので、そこで事前投票を済ませる様にしています。
 今年は、精華女子短期大学のオープンキャンパスと日程が重なってしまいました。学長は、8時40分の作業開始の時間に教職員の前であいさつしなければなりません。投票を済ませていく暇はありません。
 そこで、事前投票を行うことにしました。7月13日からJR千早駅の近くのなみきスクエアにも期日前投票所が開かれました。
 ここは、私の自宅と東区役所のほぼ中間地点に位置しています。ここでは、区役所が発行する証明書の一部も受け取ることができます。
 区役所まで行く必要があまり無くなったのでかなり便利になりました。13日の土曜日は、娘がその近くの店に用事がありました。
 その用事を済ませるついでに、事前投票を済ませることにしました。なみきスクエアの本館の駐車場はほぼ満車の状態でした。路上まで入庫待ちの車が並んでいたので、そこを通過するのに手間取りました。
 しかし、道路の向かいにある駐車場には十分に空きスペースがあり、容易に駐車することができました。期日前投票所はすぐに見つかりました。投票は5分足らずで終わりました。
 まだ自宅に選挙公報が届いていなかったので、政策で候補者を選ぶことはできませんでした。しかし、それが間に合っていたとしても、ほとんど参考になりません。
 私の評価レベルに達している候補者はほとんどいないからです。そのため、すべての選挙で政党を選ぶようにしています。
 候補者と同様に、期待できる政党もありません。しかし、政権交代が行われるようになれば政治家も国民のために考えるようになると思っています。
 現在の自民党政治は一般市民の立場に立っていないので、私にとっては好ましくないものです。とくに、阿部政権の無責任ぶりは目に余るものがあります。
 したがって、与党とその支援政党が支持する候補者に投票することはありません。野党も分裂して入れるべき政党が見えにくくなっていますので、もっとも大きな勢力の政党に投票するしかありません。
 選びたい人間がいないからと言って、投票に行くのをやめるわけにはいきません。そうすれば、政治改革の努力を怠ることになり、子どもや孫の世代につけを回すことになるからです。
 家内と娘はもう少し情報を取ってから投票したいと考えたので、事前投票は行いませんでした。2人の方が私より責任感が強いのかもしれません。
 なお、投票所の出口には駐車券の無料化窓口が設置されていました。おかげで、駐車料を支払う必要がなくなりました。
 追伸です。選挙公報は、7月18日の朝刊に挟み込まれる形で届きました。ネットでは、11日から配布が開始されることになっていました。
 7月13日に事前投票を行った際、期日前投票所に選挙公報が置かれていることに気付きました。しかし、すでに投票先は決めており、そこで考え直すことはありませんでした。
 投票日の数日前に配布されたのは良いのですが、事前投票を行う人間にとってはもう少し早く配布して欲しいものです。
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1981)学生相談室 [大学教育]

 短期大学の新入生は、ほとんどの場合18歳の人たちです。浪人までして短期大学を目指す人ははあまりいませんから。
 高校までの管理された学校から自由度の高い大学に入ってきたのですから、思いがけない問題に遭遇することがあります。
 まだ社会経験が少ないので、一人で問題を解決することは困難です。判断がつかない場合は、周囲の人たちに相談した方が良いでしょう。
 本人にとっては重大な問題であっても、第三者にとっては簡単に解決することのできるものである場合もあります。
 解らないことを人に尋ねることは恥ではありません。教えられたことを理解しようとせず、同じことを何度も尋ねることが恥ずかしいことなのです。
 問題の種類にもよりますが、まず相談したい相手は友人たちでしょう。大学は、終生の友人を獲得する場でもあります。何でも相談することのできる友人を早く見つけて欲しいものです。
 難しい問題になると、同世代の友人では助けにならなくなります。その場合、経験豊かな教職員に相談するのが得策です。
 相談しやすい先生や職員を早く見つけるようにしましょう。友人を含め、相談できる相手を見つけるためには積極的に話しかける姿勢が必要です。
 最も身近な存在は家族です。家族との対話を怠らないようにしていれば、事が起これば全面的に支援してくれます。
 しかし、相談相手が常に身近にいるとは限りません。また、問題の種類によっては、身近な人には知られたくない場合があります。そういう時は、第三者の方が相談しやすいことがあります。
 そこで、ほとんどの大学には学生相談室が設置されています。ここには、様々な問題の解決を支援してくれる専門家が配置されています。問題の解決に頼りになる存在です。
 大学に入学する時には大学のサービスに関する資料を渡されたことでしょう。この資料は何時必要になるか解りません。見つけやすい場所にまとめて保管しておきましょう。
 学生相談室の相談員は、多くの場合非常勤です。常勤の職員が必要になるほど相談件数が多くないからです。したがって、学生相談室の場所だけでなく、オープンされる曜日と時間帯を知っておく必要があります。
 どのような問題も、早めに対処すれば深刻化することはありません。判断に迷うことがあれば、まず誰かに相談してみて下さい。
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1980)植物工場 [社会]

 北部九州は、6月の末に至ってやっと梅雨入りしました。しかし、その後も期待したほどの雨量に恵まれていません。
 福岡県は、昨年の秋から少雨傾向にあり、ダム貯水率は例年よりかなり低い値で推移してきました。今年の雨量も少なく、田植えの水を確保するのに大童の状況でした。
 7月10日現在の福岡県の主要ダムの貯水率は37.5%で、前年の96.7%と比較すると憂慮すべき事態にあることがお解りでしょう。
 福岡市はもっと深刻で、同じ日の貯水率は22.7%にすぎません。福岡県の最大のダムであり江川ダムの貯水率は10%強にすぎず、このまま少雨傾向が続けば給水制限を行わざるを得ないでしょう。
 このような渇水状況では、農産物の成長が大きく阻害されます。農家の損失が増加するとともに、農産物価格が上昇することになります。
 近年のように、天候不順が頻発する状況では自然環境に依存した農業に頼るべきではありません。渇水と同様に、豪雨による被害も深刻ですし、地球温暖化により勢力が強くなった台風の風水害による被害も頻発しています。
 従来の自然環境依存型の農業に加え、天候の影響を受けない植物工場での農業生産を第2の柱として考える時期が来ていると思います。
 植物工場では、温度、湿度、光照射などを制御し、農産物の成長に最適の条件を作り出すことができます。水耕栽培が中心となるので、最高の品質を与えるための栄養分の供給を行うことができます。
 閉鎖空間であるので、ウイルス、病害菌、雑草の種の侵入を防ぐことができるので、農薬の使用を抑えることができます。安全かつ高品質の農産物を生産することができます。
 オープンスペースでの栽培では、気象の影響を強く受けるので、高品質の農産物を生産できる期間は限られることになります。
 しかし、植物工場では生育条件を自由に設定することができるので、一年を通して最高の品質の農産物を生産することができます。生産量以上に生産額を増加させることが可能です。
 工場の管理はコンピューターで制御されるので、若い人たちにとって魅力のある職場になります。これを機会に農業従事者の若返りが進むことを期待しています。
 難点は、その建設にあたって高額の初期投資が必要になることです。そこで、企業による植物工場の建設が行われましたが、大きな拡がりをみせるには至っていません。
 やはり、植物工場といえども、農産物の生産は農業者が中心になって行うべきなのでしょう。しかし、大規模農業経営者といえども、個人で植物工場を建設することはできないでしょう。
 これは、地域農業の第2の柱として、共同で行うべき事業です。地域の農家が出資を行い、地域農協が資金援助を行い、地域行政がそれを後押しする体制を作る必要があると思います。
 出資者は、自宅で農業を続けることができますし、植物工場で働くこともできます。複数の収入の道が得られることにより、天候不順による自然農業の損失をカバーすることができます。
 植物工場での生産に適しているのは一部の農産物に限られます。栽培期間が比較的短く、付加価値の高い農産物が主力になるでしょう。
 一方、米や麦のような主要穀物や果樹類はオープンペースでの生産やビニールハウスを利用した生産が適していると思います。
 農産物によって栽培方式を変えること、複数の収入減を確保することができれば、農家の未来はもっと明るくなるものと考えています。
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1979)多能性 [大学教育]

 7月12日に、精華女子短期大学の生活総合ビジネス専攻の1年生を対象に、学長講話を行いました。短期大学の2年間の教育期間を効率よく過ごしてもらうためです。
 この大学には、幼児保育学科と生活科学科の2つの学科があります。後者には、食物栄養専攻と生活総合ビジネス専攻の2つの専攻があります。
 すでに、幼児保育学科と食物栄養専攻の1年生には学長講話を済ませています。今回の生活総合ビジネス専攻での学長講話を終えて、すべての1年生に学びの姿勢を伝えることができました。
 2年間という修学期間は短いものです。目的を持って学ばなければ、何もできないまま過ぎ去ってしまいます。この2年間を有意義に過ごしてもらうためには、できる限り早く学長講話を行う必要がありました。
 学科、専攻によって教育目的が異なるので、学長講話の内容も変える必要があります。幼児保育学科では、幼児教育の重要性について教え、どのような能力を高めていくかについて話しました。
 食物栄養専攻では、食品成分のはたらきについて多くの時間を費やすことになりました。この講義が最初に依頼されたこと、私の専門領域と重なっていたことが影響し、学問的な話が多くなってしまいました。
 生活総合ビジネス専攻の特長は、16種類の資格を自由に選んで取得することができることです。当然ながら複数の分野で働くことできる多能的人材が育つことになります。
 多くの大学では専門家教育を重視しているので、専門性は高まりますが、視野の狭い人材を育てる傾向があります。しかし、社会では多能性が高く評価されています。
 それについて教え、学びの意欲を高めてもらいたいと思いました。しかし、この教育には大きな問題があります。多くの学生は、自分に合った道を選ぶことが困難なのです。
 高校を卒業するまで、大学入試を目的とした勉強を中心に行っています。インターンシップの重要性が叫ばれ、高校以下の教育に短期間の職場体験が取り入れられていますが、進路の決定に役立つ教育は行われていません。
 自分の特長や好みを明らかにし、それに基づいて進路を決める必要があることを力説しました。自分の進路を自分で選ばなければ、職場で体験しうる逆風に耐え、壁を乗り越えて先に進むことができないからです。
 自分の進路を自分で決めるためには、その重要性とともにその決め方を教えておく必要があります。これが学長講話で学生に伝えたい最大のテーマでした。
 以前、「自分探しの旅」と「アクティブラーニング」に関するブログを書きましたが、自分の将来のために自ら学ぶことのできる体制を一日も早く作ってくれることを願っています。
 さて、このブログの原稿を書くにあたって、多能性の意味について確認する作業を行いました。ところが、困ったことに人間の多彩な能力を表現するためにこの言葉使われていないようです。
 主として使われているのは医学分野でした。多能性幹細胞の形で、さまざまな細胞に分化できる細胞を表現するために用いられていました。
 私の専門は「食と健康」で、食品成分の疾病予防効果について幅広く研究を行ってきました。研究材料として用いたのが動物培養細胞で、食品成分が細胞の増殖や機能に及ぼす影響について調べていました。
 当然ながら、多能性幹細胞の話はよく知っており、それが今回の学長講話のスライドに多能性や多能的人材といった用語を使わせることになりました。
 多能という言葉は、多くの技芸を身につけていることや多方面にわたり才能があることを意味しています。ここまでは問題ないのですが、多能性という用語は用途が限られているので使いにくいことになります。
 今後も、生活総合ビジネスの教育内容について情報を発信することが多々あると思います。それにあたっては、多能性以外の適切な用語を見つけ出す必要があるようです。
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1978)外部評価委員会 [大学教育]

 日本の大学は、速やかな教育改革の実現を求められています。教育は、時間のかかる作業です。何らかの改革を行った場合、成果が確認されるまで何年もかかることがしばしばあります。
 企業の業務改革のように、PDCAサイクルを回せば速やかに成果が表れるものではありません。しかし、やるべきことはやらなければなりません。そのため、教職員の業務が増加し、教育に十分な時間を費やすことができない場合も生じています。
 大学の業務改革を行うためには、まず実態を把握する必要があります。そこで、どこの大学でも自己点検・自己評価委員会を設置し、毎年報告書を作成しています。
 毎年報告書を作成しても、新しい情報をたくさん付け加えることはできません。しかし、現状把握には非常に役に立ちます。
 先日、今年度の報告書を作成するにあたって、前年度の報告書を新しい書式に沿って編集したものを受け取りました。そこには、追記すべき部分が明示されていました。
 作成しようとする報告書は、私が就任する前の年度のものなので、私が書き加えることのできる情報はありません。
 しかし、前年度までの精華女子短期大学の教育内容を把握するのに非常に役立ちました。これを読んで、各種委員会の位置づけを理解することができました。
 大学の業務改革を行うためには、この報告書だけでは不十分です。外部の意見を求める必要があります。そうしなければ、一人よがりの改革に終わりかねないからです。
 そこで、多くの組織では外部評価委員会を設置し、学外の知識人の意見を聴取しています。精華女子短期大学でも、2年前に学部評価委員会を設置し、毎年1回委員会を開催してきました。
 今年も7月頃に行いたいというので、その準備を手伝ってきました。本学の教育内容について説明し、それに対する意見を求めるためです。
 この委員会で役に立つ意見を出してもらうためには、諮問内容を限定しなければなりません。4月に学長に就任して何度か教育内容の説明を受けたことがありますが、いずれも総花式でどこに特長があるのかわかりかねていました。
 この大学には、2年制の学科・専攻が3つ、3年目の上級専攻が1つあります。これらの4つの教育組織からそれぞれ取り組みの特長を明示してもらう必要があります。
 そこで、論点を3つに絞り、3枚のスライドで時間を限って説明してもらうことにしました。この指示は有効であったようで、説明が非常に解りやすくなり、委員の方々から多くの質問や意見を引き出すことができました。
 もう一つ修正したことは、委員の任期を定めたことです。2年前の任命書には任期が記載されていなかったからです。
 学長が変わったので新しく任命書を渡したのですが、そこに任期が2年であることを明記しました。委員会の冒頭に任命書を渡し、再任を妨げないことを伝えました。
 任期の開始日を4月1日にする案も出ましたが、これは不都合が生じることがありうるので採用しませんでした。新年度に組織改編や異動が予定されている場合、委員の就任を受けにくくなるからです。
 幸い、2年前の任命書では5月29日に任期が始まっていました。そこで、今回もこれを踏襲することにしました。人気の開始が5月末であれば、新年度に入って委嘱状を送り、承諾してもらうことができるからです。
 大学側の説明を終えた後、委員の質疑が始まりました。ありがたいことに、委員の方々は粒揃いで、多くの有益な意見を聞くことができました。設立時の委員の選び方が適切であったことに感謝しました。
 私は4月に赴任したばかりで、実態の把握は十分ではありません。現場の実態を把握することなく改革を求めることは、組織にとって不利益をもたらす可能性が高いと考えています。
 現在は、簡単に修正できる改善点については変更を求めていますが、この1年間は改革を行うつもりはありません。
 外部評価委員会の意見を含め、改善が必要な点についてはできるものから修正していき、改革作業は次年度以降に本格化したいと考えているところです。
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1977)デジタル双眼鏡 [生活]

 3月の下旬から次女が同居するようになり、3人でヤフオクドームに野球観戦に行く機会が増えました。観客席は、グランドの全体を見渡すのには良いのですが、遠すぎて細部を見ることはできません。
 そこで、家内は小型の双眼鏡を購入して球場に持参しています。娘は最近カメラに凝っており、それを双眼鏡がわり使って写真を撮っています。
 そうなると、私も双眼鏡が欲しくなっていました。調べてみると、拡大率が高いだけでは良くないようです。明るさも必要で、気持ちよく使うためには3000円以上の機種を購入した方が良いようです。
 急ぐことはないので、良い機種が見つかれば購入したいと思っていました。そこへ、ソースネクスト社から面白い双眼鏡の紹介メールが届きました。
 拡大した画面で静止画及び動画を撮ることができるというものです。拡大率は10倍で、野球観戦には手ごろな倍率とのことです。
 1280 x 960ピクセルの静止画と640 x 480ピクセルの動画を撮ることができます。パソコンで楽しむ分には十分な解像度です。
 画像は、32 GB以下のSDカードに保存することができます。32 GBのカードでは、静止画を800枚、動画を16時間保存できます。十分すぎる程の記憶容量です。
 単3乾電池2本で動作するので、充電式と違ってバッテリー切れを心配する必要がありません。予備の乾電池を持ち歩けば済みますから。本体重量は280 gなので、携帯性も十分です。
 定価は9698円ですが、28%引きの6980円で売られていました。送料450円と消費税594円を加えると8024円になります。
 3000円前後の双眼鏡を購入するつもりでしたから、5000円の上乗せになりますが、デジカメ機能が追加されます。これはお買い得であると思いました。
 すぐにネット上で注文し、翌日には入手することができました。手に取って確認することはできませんが、簡単かつ速やかに欲しいものを入手できるのはありがたいことです。
 まず、電池を装着しなければなりませんが、装着スペースがぎりぎりの大きさだったので、少し苦労しました。それでも、2本の単3電池を無事装着することができました。
 これで電源が入れば安心するのですが、メモリのマイクロSDカードを装着しなければ電源は入らないようです。そこで、カードを買いに行きました。
 記憶容量は8 GBでも十分と思っていました。しかし、たまたま16 GBのカードが安く売られていたのでそれを購入して帰りました。
 カードを挿入して電源ボタンを長押しすると、正常に電源が入りました。スタンバイ状態を知らせるランプの点滅が始まりました。
 この状態で電源ボタンを押すと、静止画が撮影されます。隣のビデオボタンを押すと、動画が撮影されます。5分間なにもしなければ電源がオフになるそうです。使い方は簡単でした。
 これまでのところ異常はなく、問題なく使い始めることができそうです。10倍の拡大倍率はやや過大のようにも思えますが、その評価は使ってみなければ定まりません。
 次回の野球観戦は、7月29日の土曜日の鷹の祭典の予定です。この日は一部制のオープンキャンパスが行われます。この日の試合は18時からのナイターなので、仕事を済ませて球場に向かっても余裕をもって到着することができます。
 この日までに、少し試し撮りをして使い方を覚えておいた方が良さそうです。
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1976)授業参観 [大学教育]

 7月4日の木曜日の2時限目は、授業参観に出向きました。幼児保育学科の1年生向けの音楽の授業を観るためです。
 音楽の先生は、ピアノを弾きながら歌を歌い、必要な知識を学生に伝えています。ピアノを弾くこと自体、右手を左手は別の動きをしなければなりません。
 同時に複数の作業を行うことのできる能力は、私にとっては驚異の的になっています。この能力は、幼少時からの訓練で身につくもので、当人にとっては当たり前のことなのでしょう。
 しかし、一度に一つのことしかできない人間にとって驚くべきことです。私は長年パソコンを使ってきていますが、いまだにブラインドタッチを使うことができないでいます。
 このような人間にとって、複数の作業を同時に行うことができるようにするためには、短い時間差で作業を切り替えるしかありません。
 私は、学生時代に野球に没頭していましたが、技術を上げるために正確に動作の区切りをつける訓練をしたものです。
 幼児保育学科での音楽の授業の目的は、幼児などを音楽を使って教育できるようにするためです。楽器の演奏や歌だけでなく、身振り手振りを交えて歌う練習も行っていました。
 幼児期は、脳の発達が急速に進む時期です。体を動かしながら歌うことは、幼児の脳の発達を大きく促進することになるでしょう。
 単なる座学では、学生たちは直ぐに飽いてしまうので、授業の内容を一定時間ごとに切り替える配慮が必要になります。
 しかし、この授業ではその心配はなさそうです。学生たちは歌を歌いながら体を動かす必要があるので、退屈する暇はありません。
 幼児保育学科に入学した学生は、幼児を教えることに強い関心を抱いているためか、明るく元気の良い学生が多いようです。
 その学生たちが楽しんで授業を受けていたので、盛り上がりすぎると教室の秩序を保ちにくくなることもあり得ます。
 しかし、担当の先生はしっかり教室の秩序を保っていました。盛り上げても良い時はあまり口出しをしませんが、大事なことを教える時には静かにさせていました。
 この調節は結構難しいものですが、それを難なくこなしていました。幼児保育の先生らしく、人好きのする笑顔を持っていますが、怒るべき時にはしっかり怒っているのでしょう。
 大部分の学生は楽しんで授業に参加していましたが、乗りの悪い学生が少数見受けられました。音楽が得意ではないのかもしれません。
 しかし、内容が変わると他の学生と同様な応答をしていた学生もいました。教育内容に対する好き嫌いがあるのかもしれません。
 私は、学生の向学心を引き出すため、長年にわたって学生参加型双方向授業を行ってきました。学生によって個性が異なるので、すべての学生を同時に引き付けることは不可能であることを体験してきました。
 大学教育で達成したいことは、個々の学生の個性を伸ばすことです。誰しも得意不得意があります。小さなことにはこだわらず、学生たちの長所を伸ばす教育を行って欲しいと思います。
 この授業を参観して、先生の教育力の高さと学生の勉学姿勢に満足して教室を出ることができました。
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1975)健康診断2019 [食と健康]

 精華女子短期大学で6月1日に受診した健康診断の結果が27日に戻ってきました。予想はしていましたが、今年もあまり良くない結果でした。
 血中脂質、肝機能、糖代謝がD判定で、二次検査が必要になっていました。身体計測と血圧はC判定で、経過観察が必要です。
 体格指数BMIが25以下だったのは20代までで、それ以降は肥満の状態が続いていました。その結果、毎年脂肪肝の所見がつくようになりました。
 肝機能以外の問題は、肥満が引き金になって発生したものです。また、肝機能の悪化にも脂肪肝が関係したようで、状況を改善するためには減量が最も効果的であると思われます。
 肝機能の悪化は、8年前に大腸がん除去手術を行った後、1年間の制がん剤の投与を受けていた時に起こりました。
 毎日制がん剤を服用しているので、肝機能の悪化はあまり重要とは思っていませんでした。しかし、服用を停止した後も状況が改善されないとは思いませんでした。
 担当医から、副作用の発生と予後不良に脂肪肝が関係した可能性を聞かされ、それ以降は減量に努めることになりました。
 私の専門が食と健康なので、食生活の改善により体調の好転を目指したわけです。崇城大学に単身赴任していたこの4年間でかなり減量が進み、もう少しで肥満から脱出できるところまできました。
 しかし、なかなか身体状況の改善にはつながらないようです。つい最近、68歳の誕生日を迎えました。この歳になると、薬の服用も考えた方が良いのかもしれません。
 単身赴任していた4年間は、週日は仕事中心、週末は家庭中心の生活を送っていました。大腸がん手術後のフォローアップ検診は続けましたが、病院に通う暇はありませんでした。
 しかし、現在は自宅から仕事に出ています。おまけに、精華女子短期大学では週に1日研修日を取ることができます。私は、月曜日を選択していますが、現在のところ月曜日も普通に仕事をしています。
 慢性肝炎的な症状では、夕方になると疲れが出てきます。週に1日休むより、早めに仕事を終えて帰宅したほうが楽な状況です。
 早く帰るためには、効率的に仕事を終える必要があります。そこで、昼休み抜きで仕事をしているのが現状です。
 今回の健康診断結果で、食生活の改善のみでは体調の好転をもたらさないのではないかと考えるようになりました。やはり、二次検査を受け、必要であれば薬を服用し、通院も行った方が良いのでしょう。
 幸い、研修日を通院に利用することができます。月曜日の朝に病院に行けば、その後出勤することができます。慢性病の場合は、多くても週に1回通院すれば良いでしょう。それほど苦になることはないでしょう。
 直近の7月1日には用務が入っているので、翌週の8日に大腸がん除去手術を受けた病院に行こうと思っています。
 この病院は国家公務員共済の病院で、私のカルテが最も多く残っています。また、通勤路にあるので、受診後の通勤にも便利ですから。
 一病息災といいますが、何らかの原因で通院が必要になることは、かえって安心感を高めるものです。大腸がんのフォローアップ検診で通院していた頃は、担当医に診てもらうだけで安心したものでした。
 しかし、5年が経過して定期的に病院に行く口実が亡くなった時は、かなり寂しい思いをしたものです。
 病院に通う必要が無いことはりがたいことですが、70歳近くなってくると何らかの理由で通院していた方が良いのかもしれません。
 通院目的とは異なることまで主治医に相談することができますから。
 追伸です。7月8日に千早病院に行き、内科を受診しました。健康診断から1ヶ月が経過していたので、血液検査、尿検査が再度行われ、新たに腹部エコー検査が行われました。
 その結果、糖尿病はまだ発症前の段階なので、食事指導を行った後で投薬を考えようということになりました。降コレステロール剤の服用は、私の方から申し出て待ってもらうことにしました。
 4月から自宅に戻って安心し、少し体重が増えていました。再び減量体制に戻すつもりなので、もう少し様子を見て欲しいと思ったからです。
 次回は、7月22日に家内と一緒に栄養指導を受けることになりました。8月19日には頸部エコーの検査を受け、動脈硬化の進行状況を確認してもらうことになっています。
 担当の先生は、糖尿病が専門のようですが、今回の受診により千早病院ですべての健康指導を受けることができるようになりました。
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1974)講演の準備と実施 [研究]

 6月21日に、日本黒酢研究会から依頼された招待講演を行うため、東京へ日帰り出張を行いました。タイトルは、「多機能性食品の開発と健康酢」です。
 この講演は、古い知人から昨年の11月に依頼されたものです。発酵食品に関する全般的な話をして欲しいということでした。
 私が行ってきた研究で特筆すべきものは、多機能性食品の開発です。その一環で、果実などを原料にして作られた健康酢の健康機能を調べていたので、上記のタイトルで話をすることにしました。
 最初の話では、講演時間は40分でした。しかし、後になって60分に延長されました。私にとって、この時間差はたいしたものではありません。同様な内容で、15時間前後の集中講義も行っていましたから。
 このような学術的な講演は、スライドを使って説明することになります。講演時間に応じて、必要な枚数のスライドを用意することになります。
 私の場合、説明したい重要なキーワードをちりばめながら、簡潔かつ解りやすいスライドを作るようにしています。聴衆が興味を持っているものは丁寧に説明し、興味を持っていないと感じた場合は簡単に説明を終えるようにしています。
 平均すると、1枚のスライドの説明に3分程度の時間を使っています。60分の講演であれば、20枚程度のスライドを使うことができます。
 しかし、聴衆が興味を持つ内容は、話してみなければ解りません。そこで、余分にスライドを用意することになります。今回は、32枚のスライドを用意しました。
 私の場合、見やすいスライドを作るため、A4用紙に4枚のスライドを印刷しても楽に読むことのできるようにしています。
 したがって、用意するスライドの枚数は4の倍数になっています。また、両面印刷をする場合もあるので、8の倍数でスライドを用意するようにしています。
 学術的な講演を行う場合は、前もって要旨を提出する必要があります。講演内容を事前に知ってもらうためです。複数の要旨をまとめて要旨集が作られますが、この要旨集に全スライドを収めてくれたので、講演が容易になりました。
 スライドを持ち帰ることが出来ない場合は聴衆が興味を持っていないスライドでも簡単に説明する必要があります。しかし、持ち帰ることが出来る場合は、説明を飛ばすことができます。
 今回は、重要ではないスライドを飛ばすことができたので、話したいことを時間内に話し終えることができました。
 要旨は、4月の中旬に作成して提出しましたが、何を書いたかは覚えていません。タイトルとスライドに沿って、全般的な説明を書き込んでいるので、何を話して的外れにはなりませんから。
 私の場合、聴衆が聞きたい情報を発信し、それを理解してもらうことを重視しています。私自身、どのような方向に話が進むのか、解らずに話を始めています。
 ほとんどの場合、聴衆の反応をすぐにつかむことができます。後は、聴衆を飽きさせないように話を続ければ済むだけです。
 やはり、10枚程度のスライドを飛ばす必要がありましたが、時間内に伝えたい情報を伝えることができました。最後に、会場から質問が出たので、良く理解してもらえたものと思います。
 講演の後、ある健康食品販売会社の取材を受けることになっていました。聞きたいことを講演でかなり理解することが出来たようで、取材は簡単に終わりました。
 通常、学会や研究会の後には情報交換会が開催されますが、それに付き合っている暇はありません。学長業務に加えていろいろな仕事に関与しているからです。
 取材が終わると、すぐに会場を出て、福岡市に向かいました。最近の福岡-東京間の航空路は遅れるのが当たり前になっています。福岡空港と羽田空港の混雑が激しいからです。
 予定時刻に到着するためには、往便は1便早いものを選んでいます。仕事を終えて帰宅する時刻が遅くなるのも困りものです。無駄な時間はなるべく減らしたいものです。どうにかなりませんかね。
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1973)一日の過ごし方 [生活]

 私の日常生活は普通の人とは少し違っています。同居している家族は、それに合わせるのに若干苦労しているのが現状です。
 基本的に、早寝早起きの生活を送っています。毎朝4時前後に起床し、21時前後に就寝しています。早く起きるのは、教員になった30代から続いている習慣なので、この生活リズムを変えることは困難です。
 早く起きるようになったのは、大学での仕事があまりに多すぎたからです。効率的に仕事を行うためには、自宅で十分な準備をしておく必要がありました。
 大学では、学生や同僚との対応にほとんどすべての時間が費やされるので、ゆっくり考えている暇はありません。あらかじめ計画を立てて、無駄なく仕事を進める必要がありました。
 終わった仕事の評価は大学で済ませ、できる限り早く自宅に帰ります。夕食後、翌日の業務計画を立てて、眠りにつきます。
 十分な睡眠を取ることができれば、翌朝はすっきりした頭で創造的な仕事を行うことができます。この時間がなければ、仕事の質を高めることができませんでした。
 健康を維持するためには、運動を継続的に行う必要があります。私の生活リズムに適合するのは早朝ジョギングしか考え付かなかったので、30年前から走りに出るようになりました。
 4時前後に起きて、1~2時間仕事をし、約1時間のジョギングに出かけます。その後朝食を摂り、大学に出かけます。
 ジョギングに出るまでに創造的な時間を過ごしているので、それ以降の時間はアイデアの深化に使うことができます。走っている間だけでなく、朝食や通勤の時間も創造的時間として活用してきました。
 崇城大学時代は、通勤時間が25分程度だったので、9時前に大学に到着して仕事を始めることができました。しかし、精華女子短期大学に赴任してからはそうもいかなくなりました。
 自宅から約20km離れた大学に自動車で通勤していますが、朝のラッシュ時には1時間以上かかってしまいます。確実に9時前に到着しようとすると、7時頃自宅を出た方が良いくらいです。
 精華では学長として勤務しているので、朝早くから仕事が入ることはあまりありません。そこで、渋滞が若干緩和された8時過ぎに家を出て、9時過ぎに大学に到着する形で仕事を続けています。
 4時から仕事を始めると、午後になるとかなり疲れてきます。効率的に仕事を行うようにしていると、その疲れはさらに大きくなります。単位時間当たりの仕事量が非常に多いからです。
 8年前に大腸がんの除去手術を受けてからは、午後の疲れが一層顕著なものになってしまいました。がんは転移していないと思われましたが、念のために1年間制癌剤を服用したことが肝機能の悪化をもたらしました。
 制癌剤の服用が終了した後も慢性肝炎的な症状が続いており、疲れやすくなってしまいました。そうなると、午後はできる限り早く仕事を切り上げる必要があります。
 業務処理速度はかなり早いので、早めに仕事を済ませるのは簡単です。崇城大学時代は、会議がなければ16時ごろ大学を出るようにしていました。
 夜型の学生もいるので、学生との打合せを午前中に済ませることはできません。しかし、午後には出てくるので、15時までには面談も終えることができていました。
 精華の学長業務も、会議以外は早めに終えることができます。そこで、16時前後に大学を出るようにしています。私は昼休みを取らないので、作業時間は十分にありますから。
 昼休みを取る必要がないのは、昼食を簡略化しているからです。朝食と夕食は充実したものにしていますが、昼食はつなぎの食事で良いと考えています。
 それでも、栄養バランスには気をつけています。フルーツグラノーラと粉末スープにお湯をかけて食べていますが、仕事をしながら簡単に食事を済ませることができます。
 この食事方式は、15年前に九州大学で教育担当副学長を務めている頃に始めたものです。12時前に昼食を済ませておくと、昼休みを学生や教職員との面談に使うことができますから。
 精華は、資格付与型の短期大学なので、学生も教職員もかなり忙しい生活を送っています。昼休みでなければ会うことができない場合もあり、12時から13時の間に面談することが多くなっています。
 この時間帯は、以前からカウンセリングのために開けてきたものです。予約を入れる必要はありますが、遠慮なく使って欲しいと思っています。
 昼休み抜きで仕事を続けているので、やるべきことがなくなれば早めに大学を出るようにしています。疲れを残さないためです。
 勤務日の時間の使い方に融通を効かせるため、研修日は休まないようにしています。精華では、週に1日研修日を取ることができますが、その日も仕事に出るようにしています。
 自宅にいても仕事をしていることが多いので、大学で仕事をしても同じことです。私の研修日は月曜日になっていますが、連続して休むと退屈しますしね。
 しかし、研修日があるのはありがたいことです。用事があれば心置きなく休むことができます。
 以前から務めている外部委員の仕事がいくつかあり、平日に出かけなければいけないことがあります。そのような場合、極力月曜日に日程を入れてもらうようにしています。
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1972)iPADの活用 [パソコン]

 外出先でパソコン作業を行うため、iPADを購入しました。しかし、なかなか活用するには至りませんでした。最初はパソコンに近い形で使用できそうでしたが、それ程簡単ではないことが解ってきたからです。
 携帯用ノートパソコンの代わりに使うために購入したので、Microsoft Officeのファイルをパソコンと共有して読み書きする必要があります。
 アップルストアーでOfficeソフトを無料で入手することができ、One Driveも使用可能になったので、問題はなさそうでした。
 しかし、使ってみると無料ソフトでは閲覧するのみので、ファイルの修正を行うことができないことが解りました。修正を行うためにはOffice 365を購入しなければならないようです。
 私の仕事では、あまり最新のソフトを使う必要がありません。最新の状態を保つためにOffice 365を購入し、毎年更新料を払う気にはなりません。
 そこで、Microsoft Officeのアカデミック版を購入して仕事に使ってきました。こちらは、毎年更新料を払う必要はありませんから。
 iPADにアカデミック版をインストール出来れば良かったのですが、iPADで使うことはできないようです。やむなく、Office 365を購入することにしました。
 その結果、タブレット用のOffice 365 Soloをダウンロードしてインストールすることが可能になりました。
 One Driveのファイルを開くと、最新のファイル形式に変更する必要がありました。この変更済みのファイルは、iPADで自由に編集することができました。
 ファイルの互換性は保持されており、古いアカデミック版のOfficeソフトで自由に編集できました。iPADとパソコン端末のアイデアで、One Driveを介してファイルの共有が可能になったわけです。
 表計算ソフトのExcelも、同様にしてiPAD上で使用可能になりました。プレゼンテーション用のPower Pointは、iPAD上で修正することはなさそうだったので、まだ手をつけていません。
 次は、パソコンで使用しているメールソフトを利用できるようにすることです。パソコンではOutlookを利用してso-netのメールを受信しています。
 この自宅用のアドレスには、精華女子短期大学の仕事以外の公的メールと私的メールが届きます。このアカウントを使うことができなければiPADの利用度があがりません。
 しかし、Outlookにアカウント情報を入力しても認証されませんでした。iPADは、Macintoshのタブレットなので、Windowsとは違う文化を持っています。
 そこで、Macintosh系のタブレットを使っている先生に相談してみました。タブレットに収められているメールソフトを使えば複数のメールアカウントを登録して使い分けることができるそうです。
 登録作業を行ってみると、IMAPとPOPの2つの形式があることが解りました。IMAPの方が一般的であるのか、こちらの登録画面が先に現れます。
 最初はIMAPで登録しようとしてうまくいきませんでしたが、POPにすると簡単に登録することができました。その時点でたくさんのメールが受信され、使い物になることが解りました。
 Outlookで登録できなかったのは、IMAPの登録画面しか表示されていなかったためです。POPで登録する方法があるのでしょうが、おいおい考えていきたいと思っています。
 Officeソフトが利用可能になったので、さっそく出張に持参してみました。まず、6月18日の長崎出張に持っていきました。特急電車で往復しましたが、Officeソフトを利用する機会はありませんでした。
 インターネットに接続してブログ関連の情報を記録し、Mapアプリを利用して列車の進行状況を確認するのに使ってみました。
 画面が大きいのでスマホより格段に見やすくなります。スマホと比べるとバッテリーの消耗が遅いので、バッテリー切れを心配する不要がないのもありがたいことでした。往路も帰路も、まったく退屈しないで済みました。
 次に、21日の東京日帰り出張に持っていきました。飛行機を使う場合は空港の待合室で入力作業を行うことができます。福岡空港と羽田空港で出張記録を入力することができたので、帰宅後の作業量をかなり減らすことができました。
 JALの機内WiFiサービスを利用してネット情報の獲得を試みましたが、これは不調に終わりました。機内サービスを利用することは簡単ですが、外部ネット情報の獲得はなかなか成立しませんでした。
 スマホは外部ネットにつなぐことができましたが、スマホには電池切れの危険があります。情報の受信は電池の消耗を早めるので利用を制限する必要があります。
 スマホもタブレットも完全に充電して出かけましたが、福岡空港に到着した時のスマホの電池残量は6%にすぎませんでした。
 一方、タブレットは80%以上残っていました。空港から、地下鉄とJRを乗り継いで帰りましたが、車内で使うことができたのはタブレットだけでした。スマホの充電容量をもう少し大きくして欲しいものです。
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1971)決着をつける [仕事の進め方]

 仕事は、どうにかして決着をつける必要があります。難しい仕事ではあっても、終わらせることができなければ明日に向かって歩き続けることができないからです。
 決着をつけるためには、直球勝負ではうまくいかないことがあります。変化球を交えて交渉を行い、到達点にたどり着かなければいけない場合があります。
 私は、4年前に九州大学を2年早く退職して崇城大学に赴任しました。2年目に生物生命学部の学部長に任命され、大過なく業務を果たしてきました。しかし、退職直前になって難しい問題を持ち込まれました。
 崇城大学では理事長が学長を兼ねており、強いトップダウン経営が行われています。学部長にはほとんど権限が委譲されていないので、重要問題に関する決断を求められることはありませんでした。
 しかし、最後の難問は所属2学科のうち、私が所属する学科に関する重要問題を速やかに決議して欲しいというものです。
 2月に事務長から直接依頼されましたが、原案には賛成できないこと、学部長としてその判断を強いることはできないことを伝えて帰ってもらいました。
 私は3月で退職しますので、新学部長がすでに決まっていました。私の信念に合わない決定であったので、4月の最初の教授会で決定することを勧めました。
 しかし、年度内決定を迫られることは予想がつきました。その準備もしておく必要があります。学科会議で事務長提案を拒否したことを告げるとともに、真剣な対応が必要になっていることを伝えました。
 私が学長提案の早期決定を拒否した理由の一つが、学科内での協議をまったく行っていなかったことにありました。私の発言をきっかけに、学科内での論議が始まりました。
 もう一つの問題は、大学の方針の変更は十分な予告期間を置く必要があるということでした。早期決定は、早期実施を前提としています。下手をすると大学のブランドを傷つける恐れがありました。
 また、重要な案件をトップダウンで速やかに決定させることは、現場の活性を落とす危険がありました。構成員が上からの指示に従うことに慣れると、大学の将来像について真剣に考えないようになるからです。
 したがって、今回の決断は辞める予定の人間が指導するのではなく、残る人たちに決めさせるべきであると考えました。4月に入って決めてもらいたかったのですが、3月中に決めなければならない事態も生じえます。
 そこで、その準備にかかることにしました。その第一段階が学科会議での状況説明です。つぎに、数日後に行われた学部教授会でこの問題に関する私の考え方を示しました。
 それによって、当該学科の先生は何らかの決断をしなければならないことを強く認識するようになりました。原案を受け入れる心の準備をさせたわけです。
 ところが、とんでもない邪魔が入りました。もう一つの学科の教員で、大学の役員でもある先生が原案に賛成するメールを送ってきたのです。
 この先生は若い頃から知っているので、私に個人的な意見を出すことには問題ありません。しかし、他の役員の一部に同報していたのが問題でした。
 このメールの内容が当該学科の先生に漏れれば、私の根回し作業が台無しになりかねませんでした。意固地になって決議に反対する可能性が出てきたたのです。
 幸い、態度の変化は認められなかったので、教授会決定の準備を始めました。私は原案に賛成することはできないので、その決議に関与するわけにはいきません。
 そこで、3月の最後の教授会に当該学科の学科長に学部長代理をお願いすることにしました。自分たちのことを自分たちで決定させるためです。
 そうしなければ、学科改革の意欲を持ち続けることができません。また、逆風が吹いたときに耐え抜くことができません。
 教授会を休むとなると、それを許す状況を作り出す必要があります。それを可能にするためには、最後の勤務日を繰り上げる必要があります。
 3月20日の卒業式までは学部長としての仕事をやり遂げる必要があります。それ以降は、溜っていた年次休暇を取り、教授会に欠席できるようにすれば良いのです。
 まだ、学部長決裁書類が回ってきていたので、それに対する対策も必要です。庶務課長と相談してその方策も決めておきました。
 事務長が2回目の相談に来た時には、すべての根回しが済んでいました。やはり、年度内に決議して欲しいとのことです。決議の段取りをすでに終えていることを伝え、安心してもらいました。
 簡単な仕事は実行しさえすれば良いのですが、今回のような難しい作業はストレートにやったのではうまくいかないことがあります。場合によっては変化球を使う柔軟な対応が必要になるのです。
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1970)夫婦旅行2019(2) [旅行]

 旅行記がずいぶん長いものになってしまったので、分割して投稿することにしました。
 2日目は、江ノ島見物から始まりました。江ノ島神社に行き、辺津宮と中津宮を訪れました。ここで驚いたのは、日露戦争で陸軍参謀長を務めた児玉源太郎を祀った児玉神社があったことです。
 児玉源太郎は東郷元帥と共に日本を救った軍人の一人ですが、この人が江ノ島で祀られているとは思いもよりませんでした。
 次の訪問先は熱海です。熱海駅でバスをおり、昼食は自由に摂ることになりました。駅に観光バスの駐車場はないので、時間を決めて迎えに来てもらいます。
 ここでは、手打ちそばの店で山菜そばを食べました。具が多く、栄養バランスが良いように思えたからです。そばにしたのは、旅行に出て食べ過ぎていたからです。
 ツアーで決められた食事を食べていると、どうしても食事量が多くなります。自由に食事を選ぶことができるのはありがたいものです。
 もっとも、この店のそばは結構分量が多く、腹一杯になってしまいました。この店の麺は少し特殊で、そうめんのような細い麺でした。機械で切断しているそうで、包丁では細く切るのは難しいのかもしれません。
 次に向かったのは、来宮神社です。歩いて行ってもそれほど時間はかからない距離にあるようですが、バスで大回りして神社にたどり着きました。
 ここにもバスの駐車場が無いので、神社の前で降ろしてもらい、しばらくして迎えに来てもらいました。ここで困ったのは、見るべきものがあまりなく、時間をつぶすことが困難であったことです。
 入るときに資料を配ってくれれば良かったのですが、それはありませんでした。しかし、神社を紹介する資料は神社の入り口の脇にちゃんと置いてありました。
 添乗員やガイドはそれを無視して客を中に導いたようです。今回は、自由時間の多いツアーを楽しむことができましたが、情報を事前に渡してくれればもっと充実したものすることができたでしょう。
 次の立ち寄り先は三島スカイウォークです。400mの大吊橋で、高所恐怖症の私が渡ることのできるものか若干不安がありました。
 しかし、がっちり作られており、人が歩いてもほとんど揺れません。足元が透けていると怖くなりますが、そうではなかったので無事往復することができました。
 ここを出ると、この日の宿泊先である宇久須温泉に向かいます。この日は何か所も富士を見ることのできる場所を通りましたが、なかなか顔を見せてくれませんでした。
 スカイウォークでやっと頂上部がうっすらと顔を見せました。また、西伊豆を南下しているうちに少しずつ靄が薄れていき、どっしりとしたすそ野も姿を現しました。裾野から伸びあがった孤立峰の姿はさすがに雄大なものでした。
 この日の泊まりもホテルですが、和風旅館の色彩の強いところでした。2台のベッドを収めた寝室に加え、応接台を置いた広い和室がついていました。
 シティホテルと違い、部屋の照明が明るく、支障なく本を読むことはできました。年寄りにとってつらいものは、字の小ささを暗さです。洋風のホテルは照明が暗いのでほとんど本を読むことができなくなってしまいました。
 大浴場で温泉につかることもできました。料理もおいしく、このホテルでは十分に体を休めることができました。やはり、和風旅館の方が年寄りには良いですね。
 3日目は、すぐ近くの堂ヶ島公園に移動し、遊覧船に乗ることから1日が始まりました。リアス式海岸とそこにうがかれた洞窟を外海から眺めただけでなく、船ごと洞窟に入っていきました。
 先行した船と洞窟内ですれ違いましたが、遊覧船が方向転換できるほど広い空間が出来上がっていたことに驚きました。
 次は石廊崎まで南下し、灯台に立ち寄りました。伊豆半島の南端に立つことができたわけです。この先に神社があるのですが、その時間はなく早々に立ち去ることになりました。
 下田港に立ち寄った後、羽田空港にたどり着く必要がありますから。下田には12時少し前に到着し、了仙寺の駐車場にバスが入りました。
 ここで記念写真を撮り、自由時間になりました。その間に記念写真がプリントされ、1枚1000円で販売されました。全体の記念写真は良い思い出になるので、毎回購入するようにしています。
 さて、昼食です。時間をかけて下田方面に行くより、近くのペリーロード近辺で食べることにしました。この日の朝もバイキングで、少々食べ過ぎていました。
 そこで、この日も麺類を選びました。前日がそばだったので、1軒だけあるイタリアンの店でスパゲティを食べることにしました。
 地図をもらっていたので、簡単に店を見つけることができました。ここで驚いたのは、この店のママが三島由紀夫の知人のジャズシンガーシンガーであったことです。下の洋菓子屋さんは、彼の大好物であったマドレーヌを今でも作り続けています。
 ここでは、店のオリジナルである天城風魚介スパゲティを食べました。サービスでマドレーヌが添えられたので、それも楽しむことができました。
 昼食の後は、下田公園に回りました。ここでは、開国記念碑を見た後、天守閣跡へ足を延ばしました。山の上からの下りはあじさい園を通る道を選びました。長谷寺より開花が進んでいたので、十分に楽しむことができました。
 下田を出ると、羽田空港へ向かうだけです。道の駅天城越えでトイレ休憩を行いましたが、ここでは若干長く休んだので、買物をした人もいたようです。
 次に休んだのは足柄サービスエリアですが、ここではトイレ休憩のみでした。ツアー全体を通じて、参加者は速やかにバスに戻ってくれました。
 おかげで、予定通りにツアーが進んできましたが、羽田空港への到着は予定より30分も早くなりました。搭乗券の配布までしばらく待つ必要がありましたが、それを受け取れば解散です。
 家内と2人で夕食を済ませ、待合室に入りました。搭乗便は福岡行きの最終便でしたが、到着が遅れたため、出発も遅れました。当然、福岡空港への到着も遅れ、自宅に帰り着いた時には23時が近づいていました。
 私は空港近くの駐車場に車を停めていたので、比較的早く帰りつくことができました。遠くから来た人もいたので、その日のうちに帰宅できなかった人がいたかもしれません。
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1969)夫婦旅行2019(1) [旅行]

 今年も、6月3日から5日にかけて夫婦旅行に出かけました。家内の支援に感謝するための、最近はこの時期に旅行に出かけています。
 今年の4月から末の娘が同居していますが、新入社員なので休みを取るわけにはいきません。そのため、娘は仕事優先で留守番してもらうことになりました。
 この旅行は、この数年続けているものです。九州大学時代は、家内を連れて旅行に行ったことはありません。私自身、出張しても用事を済ませてすぐに帰ってきていました。学会に帯同したことなど一度もありませんでした。
 崇城大学時代は、年に一度の夫婦旅行に加え、泊りがけの出張では何度か家内を帯同したことがあります。今年は、精華で学長業務を始めることになっていましたが、休むことが出来ない程忙しくはなかろうと思いました。
 6月の上旬は、新年度の業務が一段落ついた時期なので、いつも通りこの時期のツアーを予約することにしました。
 今年は、横浜・鎌倉・伊豆半島のツアーに参加しました。3日の早朝、福岡空港に集合して羽田空港に向かいました。羽田には、貸し切りバスが迎えに来ており、それに乗ってツアーが始まりました。
 最初の訪問地は鎌倉の鶴岡八幡宮です。近くの駐車場でバスを降り、本殿前で解散して自由時間になりました。昼食と散策に3時間ほど割り当てられていました。
 まず、食事です。伊豆半島はシラスが特産のようです。そこで、参道の食堂に入り、シラス丼を食べました。解散してすぐに食事の場所を探したので、楽に席を取ることができました。
 しかし、食べているうちに客が増えてきました。先んずれば人を制すです。観光地で食事をする時は早めに店に入った方が良さそうです。
 さて、残りの時間をどう過ごすかです。江ノ電で鎌倉駅から長谷駅に行き、長谷寺と大仏を見てくるのが最も効率的であると考えました。
 歩いて行くこともできる距離でしたが、この日はかなり蒸し暑くなっていました。そこで、江ノ電を使って往復することにしました。
 長谷寺は、あじさいが有名です。参拝した後、あじさい路に入りましたが、まだ満開にはほど遠い状態でした。しかし、珍しいあじさいの花も見ることができたので、結構満足して寺を出ました。
 鎌倉の大仏は銅製の鋳造仏ですが、何本も横線が入っていることに驚きました。巨大な仏像なので、分割して鋳造し、結合したようです。
 このようなつなぎ目は写真では解りません。百聞は一見にしかずです。見なければ解らないことが多々あるようです。
 この日の訪問先は鎌倉のみで、バスの駐車場に集合してホテルに向かいました。ホテルは山下公園の近くのシティホテルで、16時頃到着しました。
 次の予定は、オプションで予約したディナークルーズです。これは、18時30分にホテルのロビーに集合し、19時に出港します。
 それまで、長い空き時間が生じてしまいました。15時頃までホテルの部屋で休んでいましたが、とうとう退屈してしまいました。
 結局、山下公園を散策することにしました。すでに見学時間が過ぎている氷川丸を外から眺め、盛りを過ぎたバラ園を通り抜け、閉館した横浜人形の家の前を通り抜けました。
 行く先は、港の見える丘公園です。かなり広い敷地で、起伏もあり、散歩には程よい広さがありました。ホテルに帰ってきたときには18時を回っていたので、それ以降は退屈することはありませんでした。
 ディナークルーズは、波が穏やかであったため、快適な時間を過ごすことができました。私たち夫婦にとっては豪華な夕食を食べながら、横浜の夜景を楽しむことができました。
 最も楽しんだのは、観覧車のフレームで行われた光のショーでした。中でも、花火は面白かったのですが、距離が遠すぎたため良い映像を残すことが出来なかったのが残念でした。
 動きがあるので動画を残したかったのですが、動画はズームして撮ることができません。通常の倍率では、遠すぎて何が何やら解りませんでした。
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